第4話 9

 蒼の輝きの中、防護力場が展開されて、風竜が弾き飛ばされる。


 魔芒陣めいた幾何学模様がわたしの背後に出現し、<皇女之剣アークセイヴァー>が再構築された。


 その無貌の面を振り仰ぎ。


「……こないだは負けちゃってごめんね……」


 わたしは静かに語りかける。


 <皇女之剣アークセイヴァー>は、まるで応えるように両手を広げ、わたしを開いた胸甲へと誘う。


 ――大丈夫だと。


 わかっている……と、そう言ってくれている気がして、わたしは思わず微笑む。


 鞍に座ると手足が固定され、顔にお面が着けられた。


《――リンカーコア-ローカルスフフィアの接続を確認。

 ――ロジカルドライブ、定常稼働。

 ――補助六連動力炉シックス・リング点火……定格出力にて安定》


 騎体と心が繋がっていく感覚。


「……わたし、もう負けたりしないから」


 <皇女之剣アークセイヴァー>の無貌の面に、金のかおが描き出されて。


《――合一スフィア・リンク……開始!》


 いまやわたし達はひとつだ。


「――わたしはエリス様の近衛……あの人の剣っ!」


 周囲を覆っていた力場が消えて、風竜が体勢を低くして身構える。


 わたしは腰の<暴竜レッドタイラント>を抜き放ち、肩がけに構えた。


 ――パン! と。


 手を打ち合わせる音が情報共有スフィアに響いた。


『――セバス! ケティ!』


 凛としたエリス様の声。


『はい、姫様!』


 名前を呼ばれたふたりが声を揃えて応じて。


 エリス様が悠然と告げる。


!』


『――かしこまりました』


 応える声も揃っていた。


『さあ、行くわよ! 野郎ども!』


 まず叫んだのはケティさんで。


『あいさ、隊長っ!』


 アルノーさん、ベルディさん、チャーリーさんが声を揃えて応じて。


 バトルフィールドの頂点を形成している三基の戦挺から、軽快な音が響き出す。


 始まりはアルノーさんの重厚で、けれどアップテンポなドラム音。


 そこにベルディさんの弦楽器の旋律が重ねられる。


 そして嫌でも気分を盛り上げる、管楽器の響き。


 第二七独立遊撃隊の三人が奏でる戦闘用BGMだ。


 わたしは自然に笑みが込み上げてくるのを自覚しながら、風竜を見据えた。


 海賊の親玉が使ってたフィギュアより大きな体躯。


 地面に伏せているのに、それでも騎体みっつ分くらい大きく見える。


『――ステラ・ノーツはハイソーサロイドである!』


 セバスさんのイケボな実況が始まる。


『近衛に目覚めた彼女が駆るは、ロジカル・ウェポン・タイプソード! <皇女之剣アークセイヴァー>ッ!

 主たるエリシアーナ殿下の臣民を守る為、いまッ! その力が振るわれるっ!』


 ……ああ、不思議。


 あんなでっかい怪物を相手にしようっていうのにさ。


「ぜんぜん、怖くないや!」


 みんながわたしを支えてくれてる。


 そして。


『さあ、ステラ! わたくしの剣の真価を示しなさいっ!』


 エリス様が勝利を望んでる!


 ――だから!


「――行きますっ!」


 わたしは地面を踏み割って、一気に加速した。


 大気が破裂して水蒸気の輪が広がる。


『――その踏み込みは、音さえも置き去りにし!』


 またたくまに風竜に肉薄。


「やああ――――ッ!!」


 わたしの気合に合わせるように、アルノーさんがシンバルが打ち鳴らす。


 風竜が攻撃を受け止めようと、右の鉤爪を奮った。


 激突で火花が散って、周囲を白く染め上げる。


「――ハアッ!」


 紅の晶剣に力を込めて、思い切り振り切った。


 澄んだ音が響いて、風竜の鉤爪が弾け飛ぶ。


『――その一撃は、ドラゴンの爪さえ斬り裂く!』


「ゴアアアァァ――――ッ!?」


 風竜が驚愕の色を浮かべて、空に飛び退った。


 広げた大翼が巻き起こした突風に、わたしは晶剣を地面に突き刺して耐える。


 風竜の周囲に紫電が散って、暴風が巻き上げられて行く。


『ステラを脅威と捉えた風竜は、風の魔法を操り、その身を竜巻で覆う』


 四つの竜巻が飛び上がった風竜を中心に沸き起こり、緩やかにうねり、回転しながらやがて巨大なひとつの暴風の柱となった。


 巻き上げられた土砂。


 極太の紫電が波打つように放たれては地面に落ちて大穴を空ける。


 あの巨体を覆い隠すほどの竜巻。


《――事象干渉にて、敵性体による事象干渉を中和します》


 <近衛騎士>さんが支援してくれて、直後に騎体周囲の暴風が霧散する。


 晶剣を引き抜き、わたしは正眼に構えた。


 荒れ狂う暴風の向こうで、風竜の赤い目がギラリと光るのがわかった。


「――君に恨みはないけどさ」


 風竜の鎮め方は、火竜を従えている魔王軍四天王のカイルさんに教わった。


「君が暴れてたら、浮遊湖を直せないんだ」


《ソーサル・リアクター高域稼働……》


 胸の奥から鈴を転がすような音が連続する。


「ガアアアァァァァァ――――ッ!!」


 竜巻が横を向き、その中心を風竜が駆け抜けて来るのが見えた。


 その巨大な――こちらの騎体なんか一口で丸呑みにできそうなアゴが大きく開かれて。


 圧力を持った咆哮ブレスが放たれた。


「――目覚めてもたらせッ!」


 わたしは現実を書き換えるコマンドを謳う。


 左手の量子転換炉クォンタムコンバーターが強く輝いて、構えた晶剣を紫に染めていく。


『――未知領域アンノウンスペースの異星種起源遺跡から出土された、希少物質を鍛え上げた銘剣――<暴竜レッドタイラント>っ!!

 その一撃は、星をも断ち割る!』


 ブレスを真っ向から受けて、わたしは迫りくる風竜を見据える。


《ソーサル・リアクター、臨界到達!》


「――謳えかがやけっ!! <暴虐光輝アーク・タイラント>――――ッ!!」


 ブレスを断ち割り、上段に跳ね上げられた晶剣を強引に抑え込んで、わたしはさらなるコマンドを謳い上げる。


 紫の光刃はいまや騎体より大きくなっていて。


 ――狙うは風竜の後頭部に伸びた三本角。


《――標的捕捉! 動作補助を開始します!》


 角に赤の標的マークがついて、わたしは左足を引いた。


 風竜の開かれたアゴがすぐそばまで迫って。


 わたしは身をひねるようにして宙に跳び上がる!


「ハァ――――ッ!!」


 すれ違い様。


 わたしは空中で円を描くように光刃を振るった。


 ガラスがヒビ入るような鈍い音。


「ギャアアオオオアアアアァァァ…………」


 風竜が悲鳴をあげながら、地面に突っ込んで滑って行く。


 あれほど吹き荒れていた嵐が霧散して、わたしは地面に降り立つ。


 角を失った風竜は、意識を失っているのか、そのままピクリとも動かない。


「……ふう」


 残心を解いて、晶剣を鞘に収める。


『――これが! これこそが! 大銀河帝国第四王女エリシアーナ殿下の剣! 帝国最年少近衛、ステラ・ノーツの真の力である!』


 セバスさんのノリノリのナレーションがそう締めくくり。


『――技術班! アクセスポータルの設置作業に入りなさい!』


 エリス様が手を叩いてそう指示を飛ばすと、岸からスタッフ達が駆け下りてくる。


 情報共有スフィアは歓声で溢れかえっている。


 そこに割り込むように、わたしはローカルスフィアを繋げて。


「――エリス様、いかがでしたか?」


 大好きで大切な主に声をかける。


 途端、頭上の<シルフィード>の船首から、白の牽引光線トラクタービームが放たれて、真っ赤なドレスをはためかせ、エリス様が降下してきた。


「わっ!? わわわ!?」


 わたしは慌ててエリス様を両手で受け止めて。


 合一スフィアリンクを解除して、鞍房コクピットの外へと這い出した。


「――ステラっ!」


「うわぁっ!?」


 エリス様が抱きついてくる。


「さすがわたくしのステラだわ! 風竜を殺すことなく収めるなんて、おまえ、本当に最高だわっ!」


「あの子も縄張りを守りたかっただけですもん。

 調伏の仕方を教えてくれた、カイルさんに感謝です」


 エリス様が手放しで褒めてくれるのが嬉しくて、照れくさくて、わたしはエリス様に抱きつかれたまま、ほっぺを掻きながらそう答えた。


「これでおまえも竜騎士よ! ローダイン浮遊湖が復活したら、風竜見物の観光客が増えるはずだわ!」


「ええ!? そ、そうなるんですか!?」


「竜は角を折った人に従うって、カイルが言ってたでしょう?

 これからは、おまえが呼べばあの子は応じるはずよ!!」


 きっと今、エリス様の頭の中では、風竜を使ったイベント計画が目まぐるしく立案されていってるんだと思う。


「まあ、なにはともあれ!」


 と、エリス様はわたしを抱きしめる腕に力を込めて、綺麗な笑みでわたしの顔を覗き込んだ。


「お疲れ様、ステラ!」


 その労いの言葉に、わたしはエリス様の近衛になって、本当に良かったと思えたんだ。


 ――もう、わたしは迷わない!





★――――――――――――――――――――――――――――――――――――★

 ここまでが4話となります~。


 ちょっと暗い展開が続いてしまい、申し訳ありませんでした。


 でも、ステラとエリスの絆を深める為に必要な展開だったんです。


 次回は閑話は挟んで、いよいよ物語は佳境へ。


 どうぞ、最後までお付き合いくださいませ。


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