第4話 7
「――よし、食いついたぞ! 退け退けぇっ!!」
湖面を撫でるように滑空してくる飛竜の群れに、冒険者隊を任されたオリヴァー・ランドールはボートの上で声を張り上げた。
オリヴァーの言葉に応じて、操舵手はボートを反転させ、魔法――ソーサル・テクニックでボートで一気に加速させる。
仲間の冒険者達が乗るボートも、同じように並走を始めた。
背後からは咆哮をあげる飛竜の群れ。
「行け行け行け――ッ!!」
目指すは、元は森だった浅瀬地帯。
地上勤務スタッフの戦闘部隊――ファンタジーキングダム騎士団が待機する地点だ。
飛竜はいわゆる魔トカゲ――あくまで攻性生物でしかないのだが、それでも全長十メートル近い巨体を持つ生き物だ。
生身で太刀打ちできるものではなく、騎士団は対処の為に兵騎――ユニバーサル・アームを十五騎もこの地に投入していた。
それはファンタジーキングダムに配備されている兵騎の一割に相当する。
マッドサイエンティストが暗躍している今、王都の守備を固めなければならない為、それが割り当てられる限界の数だったのだと、オリヴァーは騎士隊長から聞かされていた。
「――クソっ! せめて重火器が使えりゃあなぁ……」
ごく特殊な例を除いて、この星の上では光学兵器や火薬兵器は無効化されてしまうのだ。
ビームやレーザーは放った先から霧散し、火薬は燃焼反応を示さない。
すべてはこの星の設定を維持する為の、
だから、オリヴァーは無駄と知りつつも、飛竜達の意識を引き続ける為だけに、ボートの上から魔法によって火球を放つ。
弧を描いて飛んだ火球は飛竜の碧の鱗に当たり、けれど、その表面をわずかに煤けさせただけで、火の粉となって消えた。
「あーっ、ちくしょう! なんだってこんな無謀なマネを繰り返さにゃならねーんだ!」
オリヴァーは望んで冒険者になったわけではなかった。
サーノルド王国の主星で航宙軍士官学校を卒業した彼は、そのまま沿岸警備隊に配属された。
主な任務は月基地近海の警備だ。
はじめの頃こそ主星を守る情熱に燃えていたオリヴァーだったが、平和なサーノルド王国主星近海での任務は、せいぜいが単艦でイキるバカな海賊を相手にする程度のもので。
代わり映えのしない日常に、オリヴァーは次第にかつての情熱を失っていった。
そんな彼に転機が訪れたのは、三年前。
エリシアーナ王女が、ファンタジーランドの統治を引き継ぎ、現地への赴任が決まった事がきっかけだった。
王族による直接統治が決まった為、護衛増員の為、航宙軍からも兵の引き抜きがあったのだ。
その増員の中に、オリヴァーも含まれていた。
遊戯惑星への転属。
オリヴァーとしては、勤務地が変わろうと、任務内容は変わらないと思っていたのだが……
――おまえ、白兵戦が得意なんですってね。冒険者ギルドに配属するから、地上でその力を役立てなさい。
そう告げたのは、他ならないエリシアーナ王女だ。
わずか七歳にして、王立大学を飛び級で卒業したのだという彼の天才幼女は、オリヴァーの経歴を見て、そう決めたのだ。
『殴り込み』のオリヴァー。
海賊船に高速艇で突撃し、艦内制圧する様から仲間内に付けられた二つ名だ。
それは現在、そのまま冒険者ギルド内でも使われている。
オリヴァーは確かに白兵戦は得意だが、それはバトルスーツや重火器があってのものだ。
この惑星上では、重火器は使えない。
お客の目もあるから、普段はバトルスーツの出力だって制限されてるくらいだ。
まるで勝手が違う新たな勤務地に、オリヴァーは次第に苛立ちを募らせていった。
それでも仕事と思って、毎日、冒険者ギルドの任務――主にお客のガイドだ――をこなしていたのだが――
ローダイン浮遊湖が崩壊した。
マッドサイエンティストの襲撃によるものだという。
そして、エリシアーナ王女が任命し、鳴り物入りでデビューした近衛騎士は、その場に居たにも関わらず完膚なきまでに敗北した。
ユニバーサルスフィアに流れていた、戦闘映像アーカイブをオリヴァーも閲覧していた。
近衛のみが許されるロジカル・ウェポンを使っていながら、成す術もなく敗北した銀髪の幼女。
あんな子供を近衛にしたエリシアーナ王女の意図がわからなかった。
(――いくら天才つっても、所詮はガキなんだな)
自分を冒険者ギルドに配属したという不満もあって、オリヴァーはそう断じる。
(人を見る目がねえんだ。近衛を選んだのも、どうせお友達だからとかそんな理由だろ)
そして、その尻拭いを自分達が今、させられているのだと、オリヴァーは考えていた。
冒険者部隊がボートで沖まで漕ぎ出して、飛竜達を引きつけ沿岸まで誘導。
岸に待機した兵騎隊で、冒険者達を追ってきた飛竜の群れを迎撃する。
そんな事を繰り返して、もう三日目だ。
兵騎を載せられるような大型船があれば良かったのだろうが、内陸にあるローダイン湖まで運ぶ手段がない。
いや、正確にはある。あるのだが、それはファンタジーランドの外の技術――運搬艇や車を使うといったもので、なにも知らない
結果として、現在の作戦となった。
飛竜は魔獣――攻性生物としては賢い部類に入る。
明確なテリトリーを有し、群れを作って活動する。
傷を負えば逃げ出すし、狩りを単独で行う事もない。
生来、大人しい気質なのか、明確な害意を抱いてテリトリーを侵しでもしない限り、飛竜が人を襲ったという事案はこれまでなかったのだ。
そんな飛竜達だが、テリトリーであった浮遊湖を失って、現在はひどく獰猛になっていた。
飛竜達はいまや元森林地帯の浅瀬を除く、湖上すべてをテリトリーと認識しているようで、そこに踏み入る者すべてに攻撃を仕掛けようとしてくる。
オリヴァー達が目指しているアクセスポート設置点である石碑は、現在湖底に沈んでいて、そこに到達する為には、飛竜達をどうにかしなければならないのだった。
はじめは数頭負傷させれば、群れごと移動するのではないかと予想していたのだが、飛竜達は移動するどころか、より凶暴になっていた。
オリヴァーは疾走するボートの上で、肩越しに背後の飛竜達を見る。
この三日で、五頭ほどの飛竜を討伐したというのに、群れはまだまだ数多い。今、誘導できているのも、十数頭――群れのほんの一部といった所だ。
岸が近づいてきて、オリヴァーは船底床にへばりつく。
「――突っ込めぇっ!」
――衝撃。
ボートが跳ねて、オリヴァー達を乗せたまま木々に激突する。
それと入れ替わるように湖水を掻き分け、兵騎が進み出て戦列を組んだ。
「――ちくしょう! 何度、こんな事を繰り返せば良いんだっ!」
衝撃でボートから転がり落ちて、ずぶ濡れになりながら、オリヴァーは毒づいた。
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