第4話 6
「あら~ちょっと~、人のお店の前でイチャつかないでもらえます~?」
声をあげて泣きじゃくるステラをわたくしがなだめていると、背後からそんな声がかかって。
聞き覚えのあるその声に振り返ると、長い黒髪をシュシュで括ったオネエが、腰に両手を当てて苦笑しながら立っていたわ。
「ケティさん……」
ステラが洟を啜り上げながら、彼――いいえ、今は彼女か――の名前を呼ぶ。
「無事にお迎えが来たみたいね。よかったわね、シホ――じゃないのよね、ステラちゃん」
「――っ、気づいてたんですか?」
目を丸くするステラに、ケティは苦笑い。
「そりゃ、あなたはいまや有名人だもの。
大銀河帝国最年少の近衛にして、最新のハイソーサロイド。
しかもこんな可愛らしいんだから、見間違えたりはしないわ」
ケティに頭を撫でられて、ステラは顔を真っ赤にして俯く。
それからケティはわたくしに向き直り、慣れた様子でカーテシーして見せた。
「ご無沙汰しております、姫様」
「やめなさい、おまえらしくない」
わたくし達のやりとりに、ステラはまた大きな目をさらに丸くする。
「え? え? 二人は知り合いなんですか?」
「そうよ。アタシ、このお店を開く前は宇宙港勤務だったのよ」
「――ええっ!?」
わたくしは深々とため息。
「ケント・ドリステン。それがそいつの本名よ。
元プロデュース部のチーフで、ついでに航宙軍第二七遊撃隊隊長。
でも、一昨年に飽きたって理由で異動願いを出して、バックヤード勤務に回ってたのよね」
「お陰様で、お店は大評判ですわ」
ほほほと笑う、その顔が小憎らしいわね。
「おまえ、ステラに気づいてたなら、執行部に連絡なさいよ」
「え~? でも偽名使うくらいだし、ステラちゃん、通報されたくないのかなぁって思ったのよ。
なんかふさぎ込んでる感じだったし。
お話を訊くか、お迎えが来るまで、面倒をみるのも良いかなぁ、なんてね」
「――相変わらず適当ねっ!」
わたくしが腕組みしながら鼻を鳴らすと、ケティはニヤニヤといやらしい笑みを浮かべてわたくしの顔を覗き込む。
「でも姫様、お迎えに来たじゃない?
お気に入りって話だったから、きっと飛んでくると思ったのよねぇ」
「――ぐぅ……」
こいつのこういう、人を見透かすようなトコ、本当にキライだわ。
「しかも、国宝の<シルフィード>まで持ち出しちゃって。
明日のトップニュースになるんじゃない?」
と、ケティは上空で滞空している蒼白の船を見上げながら、呆れたように呟く。
「すぐに駆けつけられる船がアレしかなかったのよ」
「元々、ステラちゃんの乗艦にするつもりだったんでしょう?
キャプテン・ノーツの孫なんだもの。ぴったりよね?」
こういう、こちらの思惑を勝手に推測するトコも苦手!
しかもそれが的確だからタチが悪いわ。
「姫様のことだから、どうせステラちゃんを<シルフィード>に乗せて、パレードなんかを企画しようって考えてるんでしょ?」
「そうよ、悪い!? 宇宙港で周遊させれば、ステラの評判も回復するでしょ?」
けれど、かつてのプロデュース部の名チーフは、ため息つきながら首を振ったわ。
「あま~い。ステラちゃんの人気低迷は、敗北した事が原因なのよ?
そんな状態でパレードなんかしたら、元々のファンはともかく、アンチに回った連中は炎上させるわよ」
「じゃあ、どうしろって言うのよ!?」
苛立ちから声を荒げるわたくしに、腕組みしたケティはニヤリと笑って、人差し指を立てたわ。
「決まってるじゃない。戦闘で失った信頼は、戦闘で取り戻すしかないのよ」
「――だからどうやって!?」
ケティの持って回った言い回しは、プロデュース部に居た時から変わってない。
あの頃から、わたくしは彼女が苦手だったわ。
ケティはチーフプロデューサーだったから、ファンタジーキングダムの姫として、わたくしすらもプロデュース対象として扱うのだもの。
「一番なのは、負けた相手との再戦なんだけど……そうそう都合よく出てきてくれるワケないものね」
「そうよ。相手はマッドサイエンティスト――予測できない天災みたいなものなんだから」
「そ・こ・で~、目に見える脅威を取り払うことで、挽回に繋げるのよ」
ケティは腕輪型のマルチデバイスを操作して、わたくし達の前にホロウィンドウを開く。
映し出されたのは、湖とそこに水没した森林。
――ローダイン湖だわ。
「……聞いてるわよ? 復興、うまく行ってないんですってね?」
わたくしの目を覗き込むケティの表情は、現役当時のそれで。
……こいつ、楽しんでるわね。
「――原因はわかってるんでしょう?」
セバスから報告は受けていた。
「浮遊湖を失って、飛竜達が暴走しているのよ。
だから、アクセスポートを新たに設置しようにも、近寄れずにいるの」
現在、冒険者ギルドスタッフを中心に、飛竜狩りをしているそうだけど、傷つけられれば飛竜は逃げ、あるいは仲間を呼んで報復してくるものだから、まるで成果が挙がっていないそうよ。
その結果、スタッフ達は消耗し、不満を溜め込んでいる。
ユニバーサルスフィアでイキリ散らかしてたヤツ――ステラのアンチの中心は、たぶん、そういうスタッフ達なんでしょうね。
不満のはけ口を、原因となったステラに求めたのよ。
……ああ、そうか。
「――わかったわ! 一番
「ご明察! せっかくだから、お姉さんも協力してあげようかしら」
伸ばした人差し指をそのまま頬に当てて、ケティは微笑む。
あれだけプロデュースに飽きたと、強固に続投を拒否していたケティが、まさか協力を申し出るなんて。
……コイツ、ステラの事を気に入ったのね?
ずっとプロデュースしたい対象が居ないって言ってたものね。
それでやる気を失くしてたというのに、今の彼女の表情は全盛期のそれだ。
切れ長の目を笑みにしているのに、その奥の瞳は炎がくすぶっているよう。
ようやく、やる気を出せる相手を見つけたってことなのね。
――それがステラだという事が――わたくし自慢の宝だという事実が、ひどく誇らしい。
「そこまで言うんだから、プロデュースプランはできあがってるのよね?」
「任せてちょうだい。アタシがステラちゃんをとびきりにしてあげるわ」
胸を張るケティに、わたくしも笑みを浮かべる。
「――ステラ!」
わたくしの声に、ステラはぴょんと背筋を伸ばす。
「は、はいっ!」
「聞いての通りよ。おまえの力をバカ共に示すわっ!」
「――が、がんばりますっ!」
胸の前で拳を握りしめて、ステラは大きくうなずく。
「――ケティ!」
「はい、姫様」
かつてそうだったように、彼女は胸に手を当てて会釈した。
「手段はおまえに任せるわ。
――盛り上げなさい!」
「かしこまりました」
それまでのふざけた雰囲気を霧散させて、ケティは真剣な顔で応える。
「――最っ高のパレードを、演出して見せますわ」
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