冒険者になっちゃった

第3話 1

 ――遊戯惑星ファンタジーランドの上空に浮かぶ宇宙港は、その巨大さから地上の民達には月のひとつだと思われている。


 地上から見上げると、衛星と宇宙港の大きさが遠近法で同じ大きさに見えることから、運営側がとして定着させたのだ。


 ファンタジーランドの衛星軌道を周回する碧の月ディトレイアと、常に位置を変えない虹の月ステイション


 地上の神話では、ふたつの月は地上を創った神――創造神ハロワの眷属という設定になっている。


 実際のところ、虹色に見える輝きは恒星間転送門トランスファー・ゲートと現実空間の境界が放つ輝きであり、あくまで宇宙港の設備のひとつである。


 そんな宇宙港のスタッフ専用エリアを、クラリッサは歩いていた。


 クラウフィードの反乱に、<青熊>団襲撃事件。


 それらの後始末と、地上に流す情報の操作、加えて来園者達へのイベントの実施と、ここ二週間、クラリッサは大忙しだったのだ。


 宇宙港の最奥にある、運営首脳陣会議室。


 その部屋の前に立ち、ノックしようとしてクラリッサは首を振る。


 洗礼の儀を受け、世界の裏側を知ってから一年。まだまだうっかり気を抜くと、こうして地上でのマナーが顔を覗かせる。


 クラリッサはひとり赤面しながら、挙げた手をドアの横へ。


 インターフォンを押せば――


『――ようこそ、クラリッサ様。お待ちしておりました』


 やたらダンディで渋い声が、すぐさまクラリッサの来訪を歓迎する。


 ドアが横に音もなくスライド。


 だから、クラリッサはその場で恭しくカーテシーした。


「お招きに預かり、参上致しました。クラリッサ・バートリーでございます」


「――やあ、待ってたよ。ささ、こっちへ来て座って座って」


 と、そう告げてわざわざ歩み寄ってきたのは、ファンタジーキングダム国王ダストン・ファンタジーキングダムだ。


 白髪混じりに長い金髪を後で束ね、刈り揃えたアゴヒゲの上で、口元が笑みの曲線を描いている。


「失礼致します」


 クラリッサは促されるままに、部屋の中央に設けられた円卓の一席に腰掛ける。


「久しいな、リッサちゃん」


 と、静かな声でそう告げたのは、先に来ていた赤髪の青年だ。


「ご無沙汰しております、ヴァルドス様」


 クラリッサがお辞儀すると、青年は金色の目を嬉しそうに細める。


 ――魔王ヴァルドス。


 ファンタジーランド内において、畏怖と共にその名を語られる彼は、ファンタジーランド運営という場では、魔属ヴィラン側を統括する立場で会議に出席している。


「あ~、ズルいよ、ヴァルドスくん!

 なんでキミだけ、愛称で呼んでるんだい?

 ねえ、クラリッサ嬢、僕もリッサちゃんって呼んで良いかな?」


 ヴァルドスの方が、息子の許嫁であるクラリッサと親しげなのが不満なのか、ダストンがクラリッサに尋ねる。


「え、ええ。どうぞ陛下」


 クラリッサが顔を引きつらせながら頷くと。


「ついでにそろそろ、僕の事をお義父さんと呼んでも良いんだよ?

 ああ、でも、さすがにそれだとエドモンドが怒るかな?」


 エドモンドというのは、バートリー公爵――つまりはクラリッサの父の名だ。


 キングダムの宰相を務める彼もまた、ダストン同様に世界の真実を知っていて、スタッフとして働くひとりである。


「俺の事はヴァルおじさんと……」


 ヴァルドスがボソリと呟く。


「ちょっと、ヴァルドスくん!?

 キミ、なんでリッサちゃんと必要以上に仲良くしようとするのさっ!?」


 ダストンが円卓を叩いて、ヴァルドスを威嚇するように睨む。


「――では、私の事もセバスおじさん、と」


「セバスくんまで! キミら、ほんっと、そういうトコあるよね!」


「え、ええと……」


 目の前にいる大人達は、一応、ファンタジーランドを運営する首脳陣だ。


 ファンタジーキングダム国王のダストン。


 魔属領の主、魔王ヴァルドス。


 そして、オーナーであるエリシアーナの指示を受けて、実務を執り行うセバス。


 そんな重鎮の中の重鎮達が、クラリッサにどう呼ばせるかで言い合いを繰り広げているのである。


 クラリッサにしてみたら、ちょっとした地獄であった。


 しかしクラリッサだって公爵令嬢として育てられてきた矜持が――そして今はエリシアーナ皇女の秘書であるという誇りがある。


 こんな事で表情を崩すわけにはいかない、と、顔の筋肉を総動員して微笑を浮かべた。


「ええと、それでは宇宙港にいる時は、みなさんをさん付けで呼ばせて頂きますね」


 目元が引きつりそうになるのを、気力で堪えながら、クラリッサはそう応えた。


「――冗談でございますよ。

 私の事はどうぞ呼び捨てになさってください。

 執事に敬称を付けるのは、いろいろと体面がよろしくないのですからな」


 と、セバスに良い声で告げられて、クラリッサはビシリとこめかみに青筋が浮きそうになるのを必死に堪えた。


(――良い大人が、こんな小娘捕まえて冗談なんてっ!)


「いや、僕は本気だぞ?」


 テーブルに身を乗り出して、ダストンが訴えれば。


「俺もだ」


 静かだけれど、確かな意思を感じる声色で、ヴァルドスも同意する。


「まあまあ、お二方とも。さすがにお二人をお相手に、親しく呼び合うというのは、クラリッサ様も困ってしまいますよ」


 そうセバスがふたりをたしなめてくれたから、クラリッサは先程、彼に感じた怒りを納める事にした。


 この面子で集まるようになって、随分経つ。


 今日はトップだけだが、ここにクラリッサの婚約者であるユリウス王子や王妃、魔属ヴィラン側に四天王が加わる事もあったりする。


 はじめの頃こそ緊張していたクラリッサだったが、こうして毎回、人と魔属のトップ同士が冗談を言い合ってるのを見せられて、緊張なんてどっかに行ってしまっていた。


 最近では、イイ大人による行き過ぎた冗句に、イラっとさせられる事も増えているくらいだ。


 セバスが手早くクラリッサのお茶を用意して。


「そういえば、今日はエリス様はいらっしゃらないのですね」


 と、クラリッサは今更ながらに室内を見回すと、ダストンとヴァルドスは顔を見合わせて苦笑する。


「オーナーはいま、主星に呼び出されていてね」


「――勝手に近衛を決めたから、前オーナー……サーノルド王にお叱りを受けているんだ」


「まあ、それは……」


 サーノルド王は、エリシアーナの実の父だ。


 ファンタジーキングダムではダストンが父という設定になっているが、本当の父親は星の海の向こうに存在する。


「だ、大丈夫なのでしょうか?」


 事は親友であるステラも関わっている為、クラリッサは不安げに尋ねた。


 そんな彼女に、セバスは安心させるように微笑みを浮かべ。


「ご安心ください。ステラ様の特殊性は、陛下もご理解なさっております。

 近衛として申し分ない人材という事も、ね」


 そう言って、慣れたように片目をつむってみせた。


 その言葉に、クラリッサは安堵の息を吐く。


「今回の呼び出しは、表向きは勝手をした姫様へのお仕置きですが、実際のところはステラ様を近衛として大銀河帝国に登録する為のものなのです。

 お仕置き自体は、お説教がせいぜいといったところでしょうね」


 通信では行えない手続きがあって、その為にエリシアーナは主星に向かっているということだった。


「――問題は、彼女が出掛けに残していった指示でね」


 ダストンは深々とため息。


「俺は別に受け入れても構わないと思うのだが……」


 ヴァルドスはどこか楽しげに目を輝かせて応える。


「姫様は、ステラ様に実戦経験を積ませるために、ヴァルドス様の側近として魔属領に出向させる計画を練っておりまして……」


「――はぁっ!?」


 思わず大きな声をあげてしまって、クラリッサは慌てて手で口元を押さえる。


「し、失礼しました。け、けれど、ステラを魔属にする、ということですか?」


 魔属とは、設定上は人ではない存在という事になっているが、実際のところはというだけで、人となんら変わりない存在である。


 中には異形の怪物も存在するが、それは世界の真実を知っているスタッフが、科学技術で造られた衣装をまとっているだけで、一皮向けば、中身はファンタジーキングダムの民と同じソーサロイドで、本当に化け物というわけではない。


 けれど、ファンタジーキングダムの価値観がいまだ抜け切っていないクラリッサにしてみれば、親友が魔属になってしまうというのは、忌避感が出てしまう。


「いやあ、それがね。

 先日のクラウフィードバカ息子の騒動で、ステラちゃんは有名になっちゃっただろう?

 一部の入園者の中では、ステラちゃんは人気キャラになっちゃってて、そうそう簡単に魔属堕ちさせるワケにはいかなくてね……」


「ダストン、ズルいぞ。

 要はおまえ、人気キャラを囲い込んでおきたいだけだろう」


「ヴァルドスくんだって、炎竜を囲い込んでるじゃないか。

 四天王のひとりのカイルくん、美形の竜騎士として御婦人方に大人気だそうじゃない!

 キングダムにも戦闘系の人気キャラを作らせてくれよ!」


「去年、プリンセス・ストーリーとして、リッサちゃんを囲い込んだろう!

 魔属領ウチはそういうのと無縁なんだから、せめて戦闘系くらいは囲い込ませろ」


「――と、まあ。

 お二人だけでは、ステラ様の取り合いになってしまうもので。

 ステラ様の親友であるクラリッサ様にご意見を伺えたらと、本日はお呼びした次第なのです」


 ため息混じりに首を振りながら、セバスはクラリッサに説明する。


「……なるほど」


 クラリッサは睨み合うダストンとヴァルドスを交互に見やり、思考を巡らせる。


 ダストンは人側の立場の人気キャラが欲しい。


 ヴァルドスもまた、魔属の人気キャラを増やしたい。


 とはいえ、これまでに広まってしまった運営シナリオもあるわけで……


「騎士として名前が広まってしまっている以上、急に魔属堕ちはやはり不自然に思われます。

 いずれそういう方向に持っていくにしても、すぐには難しいですよ」


 と、クラリッサはまずヴァルドスに説明した。


 それからダストンに顔を向け。


「とはいえ、わたくしがキングダム側で広められてる以上、バランスが悪いというヴァルドスさんの言い分もわかります」


「……まあ、こういうのは均衡がとれてこそ、というのはあるよね」


「幸い、クラウフィード様が魔属堕ちしているので、ヴァルドスさんは彼を魔属側の新キャラクターとして活用してください」


 クラリッサの言葉に、ダストンが苦笑。


「まあ、あのバカは頭はともかく顔だけは良いからね。

 ヴァルドスくん、好きにして良いから、鍛えてくれるかい?」


「……まあ、そこが妥協点か。

 だが、肝心のステラはどうする?

 姫様――オーナーは、あの子の実戦経験を望んでいるんだろう?」


 ヴァルドスは、クラリッサにそう尋ねる。


 クラリッサは頷き、三本指を立てた。


「そこで、第三の組織に所属させるのですよ」


「ふむ?」


「それは?」


 首をひねる大人ふたりに、クラリッサは微笑。


「――冒険者ギルドですよ」


 その答えに、ダストンとヴァルドスだけではなく、セバスまでもが手を打ち合わせ、なるほどとうなずく。


 冒険者ギルドというのは、基本的に来園客向けの施設である。


 洗礼の儀で<職業キャスト>が決められているこの星の民は、所属していないのだ。


「まずは冒険者を先導するガイド――あまり戦闘が得意ではないお客様の護衛として、活躍してもらうという考えなのですが、いかがでしょうか?」


 ダストンとヴァルドスは視線を交わし合い、同時にうなずく。


「――その方向で詰めてみよう」

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