閑話

閑話

 クラウフィード王太子が洗礼の儀で引き起こした事件は、瞬く間にパーク内――ファンタジーキングダムに広まった。


 その為、ダストン王は翌日には声明を発表。


 ――クラウフィードは魔属に魅入られ、洗礼の儀を利用して魔属の娘を聖女として、そして行く行くは王妃として迎え入れ、ファンタジーキングダムに混乱をもたらす魔王の策略だった。


 この発表により、なにも知らないファンタジーキングダム国民は、改めて魔属に恐怖を覚えた。


 魔属は洗礼の儀の<職業キャスト>を改ざんするほどの魔道を使えるのか、と。


 だが、その場に居合わせたエリシアーナ王女と、彼女に近衛騎士に任命された少女ステラにより、すでに魔属堕ちしたクラウフィードは返り討ちにされて逃亡。聖女を名乗った魔属も捕らえられたと伝えられると、民達の不安は払拭された。


 完全に魔属に責任を押し付ける形なのだが、内情を知らない民にとってはそれが事実として認識される事になったのである。


 そして、ファンタジーランドに来園している顧客に対しては。


 ――堕ちた王太子、クラウフィード討伐クエスト!


 というイベントを立ち上げる事で対処した。


 事件の発生自体が、イベントの導入という事にしたのだ。


 ステラとクラウフィードのバトルは、イベント参加者向けのデモンストレーションという体だ。


 現在、クラウフィードは魔属領を目指して北上中である。


 魔属領にクラウフィードが逃げ込んだらクエストは失敗。それより先に捕縛できたならクエストは成功という、そういうイベント。


 クエスト成功者には、王城の第二王子の王太子就任、婚約披露の晩餐会に招待されるというご褒美がある。


 基本的に王城でのパーティーに参加するには、特級入園資格が必要で、当然、そのお値段は一般庶民の年収に相当する額が必要となる為、一般入園者にはとっては十分なご褒美となるのだ。


 だからこそ、腕に自身のある一等入園者――冒険者は、こぞって彼の足取りを捜索中だ。


 クラウフィードにとっては、魔属領に辿り着くまで、心休まらない日々が続く事になる。


 これがエリシアーナが彼に与えた罰というわけだ。


 一方、セシリアはというと、ファンタジーキングダム国民向けには、クラウフィード同様、魔属領へと逃げた事にしてある。


 だが、ファンタジーランドの外の人間である彼女には、園内の法ではなく、サーノルド王国の法が適用される。


 ファンタジーランドの運営妨害――つまりは威力業務妨害だ。


 王国直轄惑星のメインスフィアに不正アクセスしたのだから、極刑とまではいかないまでも、長期に渡る懲役は免れないはずだ。


 現在、彼女は宇宙港で警備隊が取調べ中だが、あと銀河標準時で三日もすれば主星から王国兵が派遣されて来て、彼女の身柄は引き渡されるだろう。


 そこからは王国司法の仕事だ。


 ――そうして洗礼の儀から一週間を経た今。


 執務室で父であるサーノルド国王に向けての報告書の作成を終えて、エリシアーナはため息をついて、冷めきったお茶に口をつけた。


 諸々の対処に駆けずり回り、本当に忙しい一週間だった。


 七歳でファンタジーランドの運営を引き継いで、今年で三年。


 これまでも小さなトラブルはあったものの、今回のような大規模なものは初めてだ。


 だからこそ、セバスから報告を受けたサーノルド王は、心配するメールを大量に送ってきて……エリシアーナはその対応にも時間を取らされたくらいだ。


『――帝王学の一環として、大学レベルの圧縮教育を受けてはいても、おまえはまだ十歳なんだよ?』


 大丈夫と言い張るエリシアーナに、サーノルド王は何度もそう言ってたしなめるのだ。


「お父様ったら、いつまでも子供扱いで失礼しちゃうわ」


 と、むくれるエリシアーナだったが。


「いくつになろうと、親というのは子供の心配をしてしまうものですよ」


 セバスはそう言って、エリシアーナをなだめる。


「陛下も報告書を読まれたら、姫様の成長をお喜びになって、安心なさるでしょう」


「そう? そうだと嬉しいわ」


 年相応の笑みを浮かべるエリシアーナに、セバスも思わず相好を崩す。


「なにしろ海賊島の情報を入手できましたからな。お褒めの言葉を頂けるかと」


 拿捕した海賊船団の旗艦<青熊ブルーベア>には、彼らが活動している航海図データが記録されていた。


 その中には、彼らが補給に使っていた海賊島――不法居住コロニーの座標情報もあって。


 これは<青熊>団だけではなく、サーノルド王国領南部一帯で活動する宇宙海賊を一網打尽にする絶好の機会だった。


「そうよね、そうよねっ!」


 上機嫌になるエリシアーナ。


「ただ……近衛を勝手に決めた事は、一度、しっかりと話し合われるべきかと」


 というセバスの言葉に、エリシアーナはぐっと喉を鳴らして肩を落とした。


 帝国皇族が近衛を任命できるのは、一生で一度だけだ。


 だからこそ、その任命の際は厳選に厳選を重ね、帝国騎士の中でも寄りすぐりの人物が任命される事になるのである。


 だが、エリシアーナは独断で決めてしまった。


「だって、ハイソーサロイドで戦斗騎よ? マルチロール型なのよ!?

 今の帝国騎士に、ステラを超える騎士がいる!?

 そもそも自分が選んだわけでもない男にキ、キキキ、キスなんて、わたくしイヤよ!」


 後半の理由もエリシアーナにとっては重要な因子ファクターだった。


 そして、エリシアーナは口にこそ出さないが、ステラの容姿や能力は、彼女にとってくちづけを捧げるに叶うほどのものだったと言っても良い。


 要するに一目惚れだ。


 気に入った容姿の娘が、近衛に任命するに足る能力を持っていたから任命した。


 それがエリシアーナの内情だった。


「……今の段階でなら、十数名は名前を挙げる事ができますな」


「ぐっ……セバスは意地悪だわ。

 じゃあ、五年後! このままステラがわたくしのそばで成長していったらどう?」


 エリシアーナは負けじと眉を吊り上げて、人差し指をセバスに突きつける。


 そんな彼女にセバスは苦笑。


「その五年で、様々な経験を積まれたならば――あの子は近衛の頂点にも手が届くでしょうな……」


「でしょ! 絶対に逃す手はないって、わたくしのローカルスフィアが叫んだのよ!

 そしてあの子は、それが正しかったと証明して見せたわ。

 ――まさか初陣でロジカル・ウェポンを使って見せるなんて!」


 ――ロジカル・ウェポン。


 それは、優れたソーサル・スキル能力を持つ者だけが扱える特殊兵装である。


 搭載されたリンカーコアが要求するソーサル・リアクター性能が高すぎる為、普通ならば合一はおろか、喚起すらできないというシロモノなのだ。


 撮影した戦闘映像をローカルスフィアで再生しながら、エリシアーナはうっとりと頬を染める。


「ならば、ステラ様を大切にしなければなりませんな」


「当然よ!」


 セバスの言葉にエリシアーナは胸を張り、それから決意に満ちた視線を向ける。


「……セバス。わたくしはね、あの子を近衛にした時――ちっちゃな身体でクラウフィードのユニバーサル・アームに立ち向かって見せた時に、決めたことがあるのよ」


「……伺いましょう」


 鷹揚に一礼するセバスに、エリシアーナはうなずきひとつ。


「近衛の頂点なんて通過点よ。目指すは英雄! キャプテンよ!」


「ほう、それはそれは……」


 主の目標の高さに、さしものセバスも目を見開く。


「ステラはキャプテン・ノーツの孫なのだもの、きっとなれるはずだわ!」


 拳を握りしめて興奮気味に言い放つエリシアーナ。


「まあ、ご本人の意見も伺わなければなりませんが……」


「ああ、それはそうよね。

 ……そういえば、ステラは今どうしてるの?」


 あの戦闘の後、ステラは急にソーサル・リアクターを酷使し過ぎた為か、昏睡状態に陥っていた。


 三日ほど前に目覚めたと報告を受けてはいたのだが、クラウフィード事件の後始末や、海賊船団襲撃事件の対処に追われて、エリシアーナは一度もステラと会えずにいたのだ。


「昨日までバートリー邸で療養なさってましたが、今朝ほどから故郷の森に里帰りなさっておいでです」


 祖父の本当の姿を知らされて、思うところがあったのだとか。


「そう。まあ、大変だったものね。ゆっくりと羽根を伸ばすのが良いわね。

 ああ、でもでも、ステラの教育係の選別を進めておいてちょうだい」


 セバスは再び礼をして応じる。


 いかに<近衛騎士>による知識があるとはいえ、ステラはまだ十歳の幼女だ。


 エリシアーナの近衛として生きるなら、圧縮教育では身に着かない実践教育を施す必要がある――というのは、セバス自身も感じていたことだった。


「あ、せっかくだから!」


 良いことを思いついたとばかりに、エリシアーナは不意に両手を打ち合わせる。


 セバスは嫌な予感を覚えて、これから主が発する言葉に深呼吸して身構えた。


 エリシアーナがこういう風になにかを思いつく時は、たいてい覚悟が必要なのだ。


「――新規イベントで、あの子を魔王の側近にしてみるのはどうかしらっ!?

 実戦経験を積ませるには、うってつけと思わない?」


 予感の的中に、セバスはこっそりとため息をついた。


「ああ、早くまた会いたいわねぇ。ステラ……」


 そんなセバスの様子には気づかず、エリシアーナは上機嫌で窓の外に囁くのだった。


「まずは、本国で陛下との話し合いが先ですぞ……」


 セバスには、そう忠言するのが精一杯。

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