第2話 4
クラウフィードとセシリアを唆した宇宙海賊<青熊>団。
半年ほど前から、近海宙域を荒らし回っている彼らは、しかし海賊としては手慣れているのか、警備隊の艦艇の接近を察知すると瞬く間に逃げてしまうのだという。
わかっているのは、
そのため、時には
「そんな彼らを引きずり出す為に、ステラにひと仕事頑張ってもらいます」
場所を沿岸警備隊の艦艇が居並ぶドッグに移して。
クラリッサはにっこりと、イイ笑顔を浮かべた。
わたし知ってるんだ……
ジットスキー侯爵家のバカ息子――ニールセンとか言ったっけ。
あいつがクラリッサの学園でのお友達を、いじめてたのを知った時。
他にも公爵邸で開催したお茶会で、ユリアス様の婚約者候補だった女の子がクラリッサにいやがらせして来た時も。
クラリッサはあんな笑顔で対応して、相手を徹底的に叩き潰したんだよね。
あの顔をする時のクラリッサは、絶対に黒いコト考えてるんだ。
「おもしろそうね。策を聞こうかしら?」
エリス様もクラリッサと似たような、黒い笑みを浮かべる。
このふたり、本当に十歳と十一歳?
わたしと同じく、前世の記憶持ってたりしないよね?
ふたりともすごく頭が良いから、わたし怖くなっちゃうよ。
「ステラがハイソーサロイドと聞いて、私もグローバルスフィアで調べて見たんですけど――」
そう前置きして、クラリッサは説明を始める。
「ハイソーサロイドは
クラリッサの問いかけに、エリス様は笑みを濃くしてうなずく。
「ああ、そういう事ね……」
きっとこの質問だけで、クラリッサの意図を理解したんだろうね。
わたしにはちんぷんかんぷんだよ。
腕組みして首をひねるわたしに、ふたりは揃って黒い笑みを浮かべた。
「良い? ステラ。あなたはマルチロール型だから、ハッキング型には劣るけれど、グローバルスフィアネットワーク内を擬似認識して、自由に動き回れるはずなの」
言われてわたしは両手を打つ。
「ああ、<近衛騎士>さんが知識引っ張ってくる時のアレかぁ」
すでにわたしはそれを無意識にだったけれど、体験している。
「その能力を使って、おまえに<青熊>達のローカルスフィアを特定、現実側での現在座標を割り出して欲しいの」
そんなふたりの説明に。
《――当騎の性能ならば可能と判断》
<近衛騎士>さんが可能って言うのなら、本当にできるんだろう。
「わかった。やってみるね」
<近衛騎士>さんが、わたしの視界にガイドを表示する。
左手を前に拳を握って、わたしは静かに目を閉じた。
暗くなった視界は、すぐに真っ白の染まって。
わたしの周囲に色とりどりの球体が出現する。
すぐ目の前にあるふたつ――鮮烈な紅はきっとエリス様で、淡い青はクラリッサだ。後を見ると、セバスさんのいた位置には穏やかに輝く銀色の球体。
他にも、ドック内で作業してる人達の、さまざまな色が行き来していて。
それぞれがローカルスフィアの輝きだ。
足元を見れば、無数の色が集まって、より巨大な球体が形作られてる。
ファンタジーランドのユニバーサルスフィア。
上に視線を向けたら、虹色の線がより合わせた糸のように伸びていて、その遥か向こうで、別のユニバーサルスフィアに繋がっていた。
ユニバーサルスフィア同士が虹色の糸で繋がって、さらに大きな球を作って。
《――あれが集合意識統合体――グローバルスフィアです》
……ああ、綺麗だね。
前世の理科で習った、分子と原子の動きとか、天体図とかに似てる気がする。
この無限とも思えるローカルスフィアの中から、たった目的のスフィアを探すのなんて不可能にも思えるけど……
《――目標発見!》
さすが<近衛騎士>さん、仕事が早いわ。
視界が右にスライドされた。
現実なら宇宙の真っ只中のなにもない空間に、数十人のローカルスフィアと、戦艦の運用システムが見えた。
《――情報戦を仕掛けます》
な、なんか<近衛騎士>さん、ノリノリじゃない?
そうしてわたしの意識は、戦艦の運用システムの中に一気に飛び込んだ。
「――お頭! 全艦、
副官の報告に、宇宙海賊<青熊>団首領ゴルドーは艦長席で鷹揚にうなずく。
目の前に開いたホロウィンドウには、望遠スキャナーが捉えたファンタジーランドが映されている。
いつもならここで、宇宙港から警備隊の巡視船が巣を突かれた蜂のように溢れ出てくるはずだが……
「……反応なし、か?」
計画がうまく進行しているのを確かめるため、ゴルドーはそう尋ねた。
「へへへ、なんせいつもと違って、今回は全艦出撃ですからね。
しかもお頭自ら出張ってきてるんだ。
やつら、ビビってるんスよ!」
計画を知らせていなかったからか、副官はイキり散らかす。
「ちげえよ、ば~か。
この為に、俺が仕込みをしてたんだよ。
それがうまく行っただけだ」
「……仕込み?」
「ああ。なにも正面からやり合うだけが、海賊じゃねえんだぜ?」
下っ端のひとりを動かして、あの星のスタッフを買収させて、頭の悪そうな夢見がちな女に、ウィルスを持たせた。
女には望み通りの<
だが、実際はあの星のメインスフィアに干渉して、防空システムを沈黙させる為のものだ。
加えて、今回は<青熊>団が所有する艦艇全隻――駆逐艦五隻に巡洋艦三隻、そして団名にもなっている戦艦<
彼らが保有する戦力は、ちょっとした国の軍隊レベルだ。
事実、彼らはそうやって
ファンタジーランドの防衛システムが沈黙し、ここまで近づけたのなら、あとは蹂躙し放題というわけだ。
「でも、お頭。
なんでお頭は、あの星に固執してるんです?」
副官はそれが不思議でならなかった。
確かにあの惑星――ファンタジーランドは金持ちがこぞって遊びに来るテーマパークだ。
だが、あの惑星そのものに価値があるわけではない。
学のない自分らに、あの惑星を運営するようなマネなんてできるはずもないのだから、いつものように
副官の疑問に、ゴルドーはわずかに渋面を浮かべる。
「俺も面倒とは思うんだがな。
渡世のしがらみってのがあるんだよ……」
「女っスか? 女がらみなんでしょ?」
途端、副官は下卑た笑みで軽口を叩く。
「ちげーよ、バーカ。
もっとやべーヤツだよ。
良いか? こんな商売やってる俺でも、守らにゃならんルールや、逆らっちゃいけねえヤツってのは存在する」
それは、より上位の暴力組織――大銀河帝国軍であったり、通商連盟商船団であったり。
同じ海賊団でも、<八星>に数えられる連中と事を構えるのもまずい。連中はそれこそ帝国軍にすらちょっかいを出せるような武力を持っている。
ゴルドーは、諭すようにそれらを副官に数え上げていく。
「……だが、連中はそれでも組織だ。
内部でアレコレしがらみがあって、そこを突く事でなんとかやりようはある。
だがな、個人で連中に匹敵するような、化け物も存在するんだ……」
「つまりお頭は今回、そいつ絡みで動いてるってことっスか?
なんなんです? いったい、そいつぁ……」
この広大な星の海で、絶対に敵対してはならない個人。
それは二種類存在する。
本来は相反して人々に認識される、そのふたつの存在は、しかしゴルドー達のような
どちらも個人の思惑で動き、他者の感情なんて一切考慮しない点においては、完全に同類だ。
ひとつは、英雄の代名詞――キャプテンと呼ばれる者達。
自ら信じる正義の為なら、あらゆる困難を乗り越えて、敵に打ち勝つ――海賊の天敵のような存在。
だが、彼らはそれでも言葉が通じる分――正義を掲げて人道的な立場を取る分、もうひとつの存在よりはマシと言える。
――本当にヤバいのは……
そして、今回、ゴルドーにファンタジーランドを侵略するよう持ちかけて来たのは……
「……マッドサイエンティスト。
この
己の知識欲を満たすためなら――そして、己の理論の正しさを示すためなら、他者を踏み潰す事すらいっさい躊躇わない存在だ。
<大戦>の混乱期においては、惑星ひとつをまるごと核融合炉に叩き込んで、超兵器の燃料にした者までいたそうだ。
「――中でも、あいつのように<ドクター>と呼ばれる連中のヤバさは飛び切りだ」
「そんなやべーヤツが、あんな遊戯惑星をどうしようって言うんです?」
ゴルドーは首を振って、身震いする。
「知りたくもねえよ。
あいつにゃ、借りがあるから今回は従ってるだけだ。
あの惑星がどうなろうと、俺の知ったこっちゃない」
そもそもの話、あの惑星を占拠するのは、海賊稼業の片手間でできるような、簡単な仕事のはずだった。
だから、ゴルドーはこれまで、部下達に任せて来たのだが。
ファンタジーランドの抵抗は思いの外激しく、月面にある防衛基地にすら取り付く事ができなかったのだ。
それに焦れた依頼人は、あの惑星の防衛網を掌握するウィルスを寄越した。
『――これを使い、私の計画に従えば、頭の悪いキミらでも簡単にファンタジーランドを占拠できるだろうさ』
小馬鹿にするような依頼人の声が、ゴルドーの脳裏を過ぎる。
「……警備隊の反応はないんだな?」
ゴルドーが念押しすると、スキャナー担当の部下は頷きで応えた。
マッドサイエンティスト謹製のウィルスは、本当に効いているようだ。
「よし、野郎ども、戦闘態勢に――」
ゴルドーがシートから立ち上がり、部下達に指示を飛ばそうとしたところで。
艦橋のコンソールに投影されたホロウィンドウが、一斉に赤に染まった。
《――全システム掌握。全兵装ロック》
そして、直後に艦内に響く、甲高い幼女の声。
『――みぃつけたっ!』
そのひどく場違いな声に。
海賊達はこれまでに感じた事のない恐怖を感じて、息を呑んだ。
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