Lv.3

主に苦渋を噛み締める

 駐車場を想起させるコンクリート張りの建物内にて。


「おい、俺達の給金はどうなっていやがる!!先月分がまだ支払われてねぇんだよ!!」

 一行ははち切れんばかりの筋肉に包まれたむさ苦しい三人の職人に囲まれていた。

「支払いって……そもそも仕事をしてないじゃないですか」

 代表者であるずんぐりむっくりとしたドワーフのおっさんから目線をずらしつつ、鋼は少し赤くなった頬を抑えて渋々と答える。


 彼らは先月に引き起こされた「スーパーマーケット爆破事件」の後に冒険者協会東京支部のリリィと契約して、一行のギルドへと加入した職人達。

 鋼は彼等への給料を未だに支払っていなかった。

 というか、彼らをギルドへ入れる為に給料を支払わなければならないというのは、つい先ほど知った事である。


「仕事だぁ!?あんた等に頼まれた仕事なんてなかっただろうがよぉ!!」

「ベンブール、落ち着いてください!言葉で解決できる事です!!拳はっ、拳は下ろしましょう!!ね!?」

「こういう馬鹿な小僧はぁ!!いっぺん殴らんと分かりゃしねぇ!!」

「……」

 爽やかイヌ科亜人のドゥードゥルがベンブールと呼ばれた男を窘めていると、朴訥な顔をした齧歯目亜人のベイラーも後ろの方で頭を振って肯定する。


「……どうしてこうなった」

 鋼は頬よりも痛くなった頭を抱えて、現実逃避がてらにここまでの経緯を思い出そうとしていた。


 ―――事は数時間前に遡る。



 午前9時25分。

 今年最後の五月雨が降りしきる中。一行は第七魔法学園へと登校して来ていた。


「年々月日の過ぎるスピードが速くなってると思うとったけど、今月は特に色々あったせいか夏休み以上の速度で駆け抜けた気がするわ」

 ここ最近の彼らはダンジョンを攻略すればネットで玩具にされてみたり、迷い獣を討伐すれば借金を背負ってみたり、警察に捕まればギルドを立ち上げてみたり、再びダンジョンの攻略に赴けばイレギュラーを起こして生死の狭間を高速反復横跳びしてみたりとバラエティに富んだ事件を立て続けに起こしていたが、その本分は一介の学生であり結局の所は一般人である。


 大きく荘厳な校門を抜けて第七教棟へ入ると、鋼は別のクラスに在籍する美波&毬に別れを告げて教室の戸を横に引いた。

 するとそこには、エルフの癖に鬼の形相をした久遠先生が竹刀を肩に置いて突っ立っているではないか。一行は何食わぬ顔をして歩いていたが、時間的には既に一コマ目の授業が始まっていたのだ。

 仮に、少しでも走ったり急ぎ足で向かっていたのであれば、遅刻は免れずとも先生を鬼に変身させる事は無かったのかもしれない。しかし、彼らがモンスターから受けた傷は綺麗に塞がっていても、失った血液までは元に戻っていない。激しい運動をすれば貧血で倒れる可能性があったのだ。

 鋼が自信満々にそういった具合の言い訳をすると、久遠はそうかそうかと鬼の形相で頷きながら二人を睨みつけた。


 彼女はそのまま黒板前の教壇へ腰を下ろし、胸ポケットから取り出した煙草を咥えた辺りでふと手を止める。そこまで来てようやく、25人の青少年を前にした教師が取ってよい行動ではないと思い出したのだ。とは言っても、久遠がタバコを吸ったところで注意をするのは鋼を含めて5人しかいないサピエンス種の生徒だけだろうが。 

 何故なら、ムウの国では強い奴の行動こそ絶対であり、弱者には疑う事すら許されないというルールがあるのだ。そしてエルフという種族はその特性上亜人の中でも戦闘面に秀でているので、目の前にいる25人が一斉に襲い掛かってどうにかなる様な相手ではない。


 つまり、久遠が煙草を吸う前に火を消した理由は、教師としての矜持以外の何物でも無かったのだ。

「先生、生徒の前で煙草を吸ってはいけませんよ」「くっさ!なんか煙臭くない!?」「これじゃ何百歳になっても結婚はできねぇな」


「す、すまん……」

 久遠は瞳に涙を溜めてわなわなと震えながら謝罪の言葉を口にした。


 彼女は四年前まで第一学年の三年一組を担任していた実績があり、実力ではエルフの中でも上澄みの人物である筈なのだが、残念な事に最底辺であるこのクラスには優秀と言える生徒がたったの一人も居なかった。馬鹿は互いの力関係を理解できないからこそ馬鹿なのである。


「何処まで喋ったっけか。あぁ、今月の末に開かれる運動会に向けて、実行委員を決めようとしてたんだな」


 運動会と言うのは、魔法学園が開校してからかれこれ6年程続いている伝統的かつ格式高い行事の事だ。概要としては通常の学校と然して変わらないのだが、オリジナリティー自体には溢れている。

 例えを出すなら、通常であれば紅組や白組に分かれて戦うところを、第一から第七までの魔法学園がそれぞれ対立して血みどろの闘いを演じたり。友人達と磨き合った技術を披露する代わりに、友人達磨いた技術を披露したり。最終的には勝者も敗者も関係なく友情や道徳心が育まれる筈なのに、友情と道徳心を捨てて優勝賞金を手に入れるところであったり。そういった節々では魔法学園と他行との違いも現れるのかもしれない。


 さて、既に周知の通り魔法学園で行われる運動会はごくごく一般的な楽しい行事だ。しかし、それでも毎年の如く起こる問題があった。


 それは、何故だか死傷者が頻出するという事だ。とはいってもそれ自体は問題ではない。負傷も死亡もデバフと同義なので、どうせ魔法で全て治るのだ。ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇよ。しかし、運動会だと聞いていたのにも拘らず目の前で我が子の首を飛ばされた親はどう思うだろうか?というか、何をするだろうか?

 答えは簡単、息を吹き返した我が子を横目に勝てば官軍と名乗りを上げて、仇の生徒へ飛び掛かる。亜人の国で着々とレベルを上げ続けて来たウォリアーとでも呼ぶべき強者が、あろうことか徒党を組んで運動会へ参戦するのだ。


 そして、バーサーカーとなり果てた親御さんを止める人員こそが『運動会実行委員』の主な仕事であり、1年7組の生徒達が立候補をしたがらない理由でもあった。


「かれこれ10分くらいは押し問答を続けていますけどね。いっそのこと、そこにいる遅刻者二人に任せてみてはどうでしょうか?」

 久遠は眼鏡委員長こと佐々木の案に端正な口元をわざとらしく歪めて見せた。嫌な仕事が終わった時の様に晴れやかな笑顔である。


「それは良い、お前等二人ならば誰も文句は言わないだろう。そうだよな?」

 クラスメイト達の心情として共通しているのは「自分以外なら誰でも良い」というモノだけだ。鋼と玲を槍玉に挙げるのならば、そりゃぁ誰も何も言わないだろう。

「くそっ!!俺も実行委員になりたかったけど、お前等二人なら仕方がねぇ譲ってやるよ!!」「もう少しして誰も立候補しないなら私がやっても良かったんだけどね、決まっちゃったなら私のことは気にしないで!!」


「えっ、いや……僕達も結構忙しいし、普通に嫌なんだけど」

「今年は早く決まってよかったなぁ!例年だと丸一日はダンマリを決め込んで誰も目を合わせてくれなかったんだが。いやーめでたいめでたい」

「俺達の意見は無視かよ」

「無視?違う違う、これは民意なんだから、君達二人の意見でもあるんだよ?」


 文句を言ってみたらとんでもない暴論が帰って来たものの、鋼は運動会実行委員に任命された事自体には不満を持っていなかった。寧ろバックアップが確約された状況で、玲に対人経験を積ませられると張り切ってさえいる。


「じゃあとりあえず今日は解散という事で、後の時間は外で運動するなり図書室で本を読むなり自由にしろ。因みに、実行委員は放課後に会議室へ集合だ」


 立ち上がった久遠は憐れむように玲の肩へ手を置いてから、屋上で煙草を吸うために二人の横を通り過ぎた。


 鋼は授業が無い事に疑問を感じたが、直ぐに考えを改める。実行委員決めに一日は潰れる事を見越して、最初から何も予定が入っていなかったのだろう。



 そんな折。

 教室の横にある階段からは久遠と入れ違う様に、タイトなスーツと真っ赤なフレームの眼鏡を着こなす女性が現れた。


「おや、そちらは鋼様と玲様ですね」


軽くウェーブのかかった栗色の髪を後頭部で一纏めにした「いかにも秘書っぽい女性」は二人を見付けると、洗練された動作で深いお辞儀をして見せる。


「えぇっと……」

「申し遅れました。私、勇者協会東京支部長の秘書を担当させて頂いております、速水 あきらと申します。本日はギルド関係について三点程お話させて頂きたく参った次第です」


 これには、教室で聞き耳を立てていた下世話な連中も驚いただろう。章と名乗る秘書の女性は他の者に話を聞かれたくないのか、少しだけ声量を絞って話を続ける。


「一つ目は貸付金についてのお話で御座います。条件等が纏まりましたので、此方の借用書に御目通し頂いた後に下部へのサインをお願いいたします」

 速水の差し出した借用書の要点をまとめるならば、こんなところだ。


・金弐千萬を貸し付ける。

・利息は年8%である。

・返済期限は5年。

・払えなければ財産を差し押さえられる可能性がある。


 利息が安いという事以外は何の変哲も無い、至って普通の借用書だ。


「8%っていう事は、一年の利息額が……」

「160万だな」

「高すぎない⁉」

「年間三百万位が相場だぞ。これでも安い位だ」


「続いて二つ目のお話です。ギルドハウス建設願いの通知書をお持ちいたしました」

「さっきから嫌な紙しか渡しませんね」

「お許しくださいませ。ギルドメンバーの人数や全体の収益が規定値以上になった事で、ギルド法に則りギルドメンバーの生活が保障される程度の共同基地を建設していただく運びとなったのです」


 この、速水という女。一見冷たく近寄りがたい雰囲気を纏っているが、彼女は秘書である前に第七最女同好会チャンネルのファンであった。その為、冷徹なオーラを放ちつつも内心では「推し」に会えて舞い上がっており、今にも声が裏返りそうなのを必死に我慢している。


「俺達にそんな資金は無いぞ?」

「御心配には及びません。以前買い取っていただいたスーパーマーケットをギルド基地として申請していただければ結構ですので、追加の資金は必要ありませんよ」

「あれ買取ってたんだ」

「弁償、建物代、土地代。とても二千万じゃ足りないと思うんだが」

「この日の為に支部長からは相応の金額が寄付として出資されておりますので」

「それ、質問されるまで黙ってたら駄目な奴じゃない?」

「内密にという事でしたが喋ってしまいました」

「もっと駄目だろ」


「三つ目は、ご一行様のギルドへ加入させた職人についてです。初めてのギルド設立だとお聞きした為三人から開始したのですが、入隊一か月目で既に問題が起こっている様ですので、それを解決して頂きます」

「それくらい協会でどうにかならなかったんですか?」

「どうにもならんかったのです。早速ではありますが車を手配しておりますのでギルドハウス予定地へのご同行を願い致します。既に学校からは外出の許可を得てますよ、ご心配なさらないでくださいね」



 ―――それら一連の流れを思い出し、鋼はズキズキと痛む頭からゆっくりと手を離した。


「あぁ、そうだった」

 手配されたフェラーリーから降りて焼け野原になったスーパーマーケットへと足を踏み出した時。そう、その一歩目で、目の前のドワーフに顔面を殴られたのだ。



 今回起こった事件について少しだけ話そう。何故に優秀な職人様が職にあぶれて、こんな辺鄙な新制パーティーの元に来たかと言う話だ。


 事の発端は有名ギルドの上層部が他国へと素材の横流しをし始めたことがきっかけであった。


 素材で何かをつくるよりも単純かつ簡単で、なにより職人への給料を出し渋った上層部にとっては正に夢の様な仕事であっただろう。

 しかし、素材が無くては仕事が出来ぬ。仕事が出来ねば商品が作れぬ。商品が作れねば技術力が上がらぬ。

 政府もとい勇者協会は、かつて技術大国とすら呼ばれた日本が優秀な商品を作り出す他国へと素材を輸出し続けるだけの器官となる事を大変に危惧していた。


 対抗案は勇者協会がバックに就いてギルドを作成し、追い出された職人たちをそのギルドへ加入させるというモノ。

 つまり、商業寄りのギルドを協会が主体となって立ち上げようとしていたのだ。


 そして、そのギルドを作成するにあたって人員を探していた時に白羽の矢が立ったのが、都合よく借金を作り上げた新進気鋭の無所属勇者パーティー……


「静かにしろぉぉぉ!!!」


 第七学園女子最前線同好会であったという訳である。

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