Lv.2

勇者協会へ行こう

 教室でひと悶着あった後、鋼たち四人は昨日と同じメイン通りまでやってきていた。少し先を見上げると、そこには一等地でもひときわ目立つ大きなビルが。


 彼らの目的は勿論「勇者登録」であり、小切手を見せびらかしながらシャンパンタワーウェーイではない。決してない。


 そう、このファンタジー的な面白みをすべてかなぐり捨てたお高級ビルこそ「勇者協会」なのである。


「なんか、思ってたんと違う」


 ここへ来た殆ど全員が同じような感想を漏らしているのだから、姫子松がそう感じるのも無理はない。



 ……それでも酒場が並列された木造の勇者協会が見たかった?

 

 よろしい。だが、東京のコンクリートジャングルに前時代的な木造建築を作る前に少し考えてみてほしい。冒険から帰ってきた勇者がコテージで休憩をする前に想像してみてほしい。


 日本には糞鬱陶しい梅雨という季節があるという事を。

 雨が降れば靴など濡れていて、泥が付いていて当たり前。勇者達は全面木張りの床を文字通り土足で歩かなければならないだろう。


 掃除は誰がすると思っているんだ。

 それとも何か?清掃員の方に「仕事を与えて頂きありがとうございます」とでも言わせたら気が済むのだろうか?頼むから帰ってくれ。


 

 一同は入り口に掲げられた「勇者協会」という看板を見て鼻で笑うと、覚悟を決めてビルの中へと足を踏み入れた。


 内装は豪華絢爛な雰囲気のホテルの様で、床は高級感のあるピカピカの大理石。壁際には西洋建築で度々見られる、彫刻の施された乳白色の柱が並んでいる。


「回転扉って初めて見たけど、自動では動かないんだね」


 テンションの上がった玲が入り口を周回している間にも、鋼は正面にある無人の受付へと歩いていく。


「あの、勇者登録をしに来たのですが」

「はぁい!少々お待ちくださいねぇ!」


 後ろにあった事務所へそう言うと、小柄なウサギ亜人のお姉さんが白く長い髪と垂れた耳をパタパタと揺らしながら慌ただしく現れた。


 受付嬢といっても、それは彼女に任せられた数ある仕事の一つでしかない。普段は裏で事務仕事をしているのだ。


「えぇっと、登録されるのはお一人ですか?」

「いや、俺じゃなくて後ろの三人が……」


 身長差の問題で上目遣いをしてくる受付嬢から目を離して後ろを振り返るも、鋼に付いてきている人物は誰一人としていなかった。


 玲は回転扉で目を回し、榊原と姫子松はそれぞれ自販機で購入した飲み物を片手にソファーで談笑に勤しんでいる。


「直ぐに呼び戻すので少し待ってください」

「ゆっくりで大丈夫ですよぉ」


『十数える間に裏口から逃げなさい。少しでも遅れたら……』


 鋼がビデオカメラを操作して昨日の録画を見返していると、狙い通り榊原が凄まじい勢いで二人を連れてやってきた。


「それでは協会のシステムについてご説明させて頂きますねぇ」


 榊原の奇行には元凶である鋼ですら少なからず動揺を見せたというのに、本来は気の弱い種族である受付嬢は物怖じせずに、ほんわかとした喋り方で話を続ける。


「まず、勇者のランクがA~Eの5段階に分けられている事はご存じですか?これは戦闘面での優秀さや協会への貢献度を表し、Aランクへ近付くに従って優秀な勇者であると見なされます……ランクが上げると難易度や報酬の高い依頼を受ける事が出来る様になる他、公共交通機関の割引や税金の控除額が上昇したりと様々な特典があるので、是非高ランクの勇者を目指して頑張ってくださいねぇ」


「協会にはクエストボードが無いんですか?」


「以前は低ランク勇者様のやる気を引き出す為に高ランクのクエストを含めた全ての依頼書を一挙に張り出していたのですが、頭の悪い方々が無駄にやる気を出してしまい、モンスターの群れに突撃する事件が多発してから撤去されたんですよぉ」


 受付嬢は玲の質問に苦い笑みを浮かべながら、電話帳よりも更に分厚い『Bランク』と書かれたフォルダーをペラペラとめくる。


「協会に務めるプロが勇者のランクやパーティーの編成を鑑みて依頼を提案するシステムに変わってからはそういった事も減ってはいますが、動画や聞きかじった知識を信用して痛い目を見る方が一定数居るのが現状ですねぇ……」


 彼女は電話帳の真ん中当たりで指を止めると、三枚の紙を抜き出した。


「例えばぁ、この中で受けるとするならどれを選びますか?」


 タイトルはそれぞれ『討伐依頼:ガーゴイルタイタン』『納品依頼:ガイアディザスター』『採取依頼:月下提灯』と書かれている。


 ガーゴイルタイタンは渓谷ダンジョンの地下25階に住まうモンスターであり、Bランクの中でも特に討伐難易度が高いとされている。そして、それを倒したときにドロップするアイテムこそガイアディザスターというスキルが封じられたオーブなのだ。


 では、それらの横に月下提灯とかいう植物の名前があればどうだろう?

 ……これは不思議、至極弱そうに見えるではないか。


 草が、調子に乗ってんじゃねぇぞ、草が!

 そんな声が聞こえてくるようである。


 しかし、その群生地はガーゴイルタイタンの住まう渓谷の中央なのだ。


 勿論クエストの詳細にはその旨が記載されているのだが、モンスターとは戦わなくてもよいのだと勘違いしてしまった奴が知らず知らずのうちに死地へと赴いてしまうのである。


「ガイアディザスター!!!!」

「……うん。え?選んだんそれ?」


 なるほど、どうやら一行の中には勘違い馬鹿ではなく順当な馬鹿が混じっていたらしい。


「選んでも行かせないので大丈夫です」


 静まり返った空気の中、頭を抱えた鋼がそう言った。そうでもしないと話が進まないのだと理解していたのだ。


「それでは勇者登録を致しますので、三人同時で構いません。鑑定石に手をかざしていただけますか?」


 受付のお姉さんがカウンターの下から取り出したのは、透明なオーブを渾天儀の様なフレームで覆った『鑑定石』と呼ばれる不可思議な魔道具である。


 彼女の声に従って三つの手が鑑定石に軽く触れると、青く明滅する粒子がどこからともなく現れた。ふよふよとその場を漂っていた光は徐々にその数を増やしつつ、動きに指向性を見出していく。


 三人を中心に円を描きながらゆっくりと、幻想的な光景を作り上げながら段々と、明るさを強めながら鑑定石へと収束する。


 やがて最後の粒子が鑑定石の中に吸い込まれた時、鑑定石のオーブが一層明るく光を放った。


「はい、もう大丈夫ですよぉ」


 ……因みにこれらの行為にはコレといった意味がない。


 強いて言えば雰囲気は出るのだろうが、しかし、それだけである。つまりはガラクタだ。


「それでは身分証をご提示くださいねぇ」

「今ので登録出来た訳じゃないんだ」


 そう思うよな。

 鋼は呆けた顔で立ち尽くす玲を見ながら、数年前には自分も同じ事を考えたものだとはにかんだ。



「この四人でギルドも組めるん?」


 毬がそういうと、受付嬢はテキパキとした仕事ぶりからは想像もできない程にのんびりと返事を返す。


「はぁい、でもギルドを組むにはCランク以上の勇者様がメンバーに居なければなりませんよぉ」


 ギルドというシステムには勇者の保護という名目も含まれている。そのため、初心者同士だけで固まらない様にある程度の実力を持った勇者が含まれていなければギルドを結成できないようになっているのだ。


「俺Cランクです……というか、リリィさんから何か聞いていませんか?昨日スーパーを壊して警察署に連れていかれたパーティーなんですけど」


 鋼はそう言って二千万円の小切手に記入されたサインを受付に見せる。


 少々不用心に思えるかもしれないが、金は既に引き出してパーティーの共有口座に入れてあった。


 ウサギ亜人のお姉さんはロップイヤーをピンと立てて審議を確かめるようにそれをのぞき込む。


「……もしかして糞迷惑なYou Shockerの沙魚川さんですか?それなら既にギルドは作られているので、お三方の加入も申請しておきますねぇ」


 彼女は鋼の肩をポンポンと叩くと、興味を無くしたのか仕事へと戻った。


「俺って協会でそんな風に呼ばれているんですか?」

「いえ、さっきのは私が勝手に言っているだけで、他の方は「Pプロデューサー」と呼んでいますね」

「んふっ、的は得てるやん」


 馬鹿にしたように笑う姫子松と鋼による頬の引っ張り合いが始まると、玲が受付に身を乗り出して質問する。


「もしかして、僕達にも二つ名が付いてるんですか?」

「まだ審議中なので言えませんよぉ」


「暇をしているのね勇者協会」

「情報通なだけですよぉ、皆さんの動画でも二つ名を考えるのが流行っているみたいですし」


 その言葉を聞いて振り返った姫子松は目を丸くして口を開く。


「知っとった?」

「僕はYouSock見ないから」


 嘘である。玲は普段から第六と戦争をした時の動画を見返しては、コメント欄で褒められる事に快楽を覚えている。


「同じく」


 嘘であるッ。榊原のYouSockの視聴履歴は様々な動物がお昼寝をする動画で溢れかえっている。


「俺も動画のコメントまでは見ていなかったな」

「お前だけは見とかなあかんやろ」


「特にボススライムの回は面白かったですよぉ……はい、これが勇者の証です。依頼を受注するときや納品の際に必要なので失くさないで下さいねぇ」


 一同に交じって会話をしていたはずの受付嬢は三人に青色の宝石が付いたブローチヲ差し出した。宝石の背面にある土台上部には綬を通す隙間があり、「証」とは言っているが実際は勲章のようなものである。


 因みに勲章についている宝石の色は勇者のランクによって変動し、Eランクは青色、Dランクは紫色、Cは赤、Bは橙色、Aランクは金色の宝石が。それぞれに対応している。


「ちょっと、これ!」


 勇者の証を受け取った玲が驚いたように声を上げた。

 

 彼女は気づいたが、そう。これらの証についた宝石は唯の装飾ではなく『マナオーバー』というスキルが込められたオーブなのだ。その効果は所有者が限界を超えて魔法を使おうとしたときに魔力を肩代わりしてくれるというもの。


 つまり、この勲章は魔道具なのである。


 鋼はソレに一早く気が付いた事に賞賛を送りながら玲を見やるが、彼女が声を上げたのはスマホの画面を見ながらであった。


 そっちかい。


 崩れ落ちそうになるのを何とか我慢して突き出されたスマホに顔を近づけると、YouSockにおける「第七魔法学園女子最前線部チャンネル」が投稿したボススライムの討伐動画。そのコメント欄が映っていた。


『なんかボススライムの出す水魔法弱くない?』

『炙られてる炙られてる』

『ヒールグミの無限生成を考案したパーティーとは思えない程の醜態』

『何故上げたし』

『撮り直しだろこんなの』

『共感性羞恥で死にそう』

『赤い子の二つ名は「爆殺魔」かなぁ』

『テロップダサくね?』


 三人のやらかしたシーンでそれなりに盛り上がるコメント欄を見た鋼はスマホからそっと目を逸らす。


 確かにこの動画を撮ったのも、編集して投稿したのも鋼ではあるのだが、それでもインターネットの民から玩具の様に扱われている光景を見ていると、どうしようもなく居たたまれなくなったのだ。


「改めて見ても酷いなぁ」

「因みにぃ、昨日の夜に投稿された動画は内容が過激すぎて18歳未満は見れないんですよぉ」


 昨日と言えばスーパーで爆発事件を起こした日である。

 警察によってビデオカメラの中は検められて内容をコピーされていたものの、データ自体は消されていなかったので、鋼は橘さんに確認した上でYouShockに動画を投稿していたのだ。


「わぁ、昨日の動画結構炎上してるね」

「再生回数3万に対して低評価は1500。でも、高評価も同じようなもんやしニュースを見てやってきた人が憤ってるだけの可能性もあるで」

「……あまり気にしても仕様がないわ、次に同じような場面に遭遇した時は誰にも文句を言われないくらい鮮やかに対処すれば良いだけの事よ」


 普段から姫子松以外には淡白な反応をする榊原にしては珍しいが、彼女は動画を見て項垂れる玲に対して優しくフォローを入れた。


「そうと決まれば明日から始まる週末の時間を使って『草原ダンジョン』に行ってみませんかぁ?」


 今日は所謂、華の金曜日。

 土日を使ってダンジョンへ籠るにはうってつけのタイミングだ。


 しかし、それには少しだけ問題があった……


「草原?そこってって確かCランクのダンジョンじゃなかったっけ?」


 問題というのは、戦闘要員の三人からすれば草原ダンジョンのランクが少々高い事にある。


「大丈夫だと思いますよぉ。草原がCランクダンジョンである理由は、単独攻略だと四方をモンスターに囲まれる可能性があるからであって、メンバーが四人も居るならモンスターも迂闊に手を出しませんからねぇ」


 受付のお姉さんが一行の動画を見ていたのは、なにも娯楽や話の種にする為だけではない。パーティーの戦力と戦略を把握して、より条件に適合した仕事を提案する為でもあったのだ。


「鋼はどう思っとるん?」

「三人が攻略できるギリギリのラインだな。俺としてはもう少し段階を踏んでもいいとは思うが……装備や武器、その他アイテムを揃えれば不可能では無いだろう。後はどんな依頼を受けて、どこまでの攻略を目指すかによるな」


 彼女等は勇者としては駆け出しのEランクではあるものの、事毎におかしな行動を取るという点を除けばCランク程度の実力は有している。


 今日ここで提案を受けていなくても、近い内に自分から三人を草原ダンジョンへ誘おうと思っていたのだ。故に鋼は受付嬢の目利きを素直に賞賛しつつ、顎に手を置いて話を肯定した。


「目指すならやっぱり初見クリアやろ!」

「でしたら『納品依頼:ミノタウルの角』なんて如何ですかぁ?」


 自信満々に答える姫子松に対して、受付嬢は目にも留まらぬ速度で依頼書を取り出して見せる。


「ちょっと、段階を踏んでくださいよ」


 ここ数日の間は歯応えのない相手とばかり戦わされていたせいでフラストレーションが溜まっていた三人は、鋼による静止も虚しく依頼書を吟味し始めた。


「二日間でボス部屋まで向かうなら、余裕を持って明日の朝には出発したいわね」

「土日は混むやろうしなぁ、6時に学園前集合でええんと違う?」


 彼女等がそうやってどんどんと話を進める間、受付のお姉さんは鋼の傍に寄って背伸びをすると、ほかの三人には聞こえない様に耳打ちをする。


「束縛がきつい男は嫌われちゃいますよぉ」


 吐息が耳にかかり、下腹部から生まれたゾワゾワとした感覚が脊髄を通って脳を震わせる。


 鋼は咄嗟に頭を横へ向けたが、彼女は既に仕事へと戻っていた。


「……なぁ、聞いとるんか?」

「え?あぁ、すまん。もう一度言ってくれ」

「しょうがない奴やなぁ、この後に皆でデパートへ買い出しに行くっていう話になってんけどコウも行くやろ?」


 鋼は何が何だか分からずに、狐に摘ままれた様な感覚のまま答える。


「お小遣いは10万までだぞ」





【補足】


 うううウサギの亜人とか!!

 ねねね年中はっ発情してるんじゃないの!?


 という声が聞こえたので補足


 確かにウサギは年中発情していると聞きますが、受付のお姉さんはあくまでもウサギ亜人でありウサギではありません。確かに性欲は強いかもしれませんが、あくまでも常人より少し、いや、そこそこ……かなり―――


 まぁ、強いんですけど、抑えきれなくなる程ではありません。多分。きっと。恐らく。メイビー?


 もしかしたら事務仕事をしている間も、勇者協会のシステムについて話している間も、頭の中はピンク色だったのかもしれませんね。


 今後の展開では鋼君と受付嬢のムフフな絡みがあるかも、ないかも……嘘です絶対にありません(断言)

 この作品は18禁じゃないぞ!!いい加減にしろ!!モヒカンにされてぇか!?!?


「結論」モヒカンはやだ。


 ……しかし、やはり亜人が出てくる作品にした、してしまった以上。どこかで亜人の色街とかの話にはなってしまうとは思いますが、その時はどうか「あー、作者はモヒカンにされたんだな」と思ってご容赦下さい。


 作者だってモヒカンは嫌ですが、必要ならヒャッハーにもなります。火炎放射器を担いで世紀末を駆けたりもします。

 まぁ!このまま行けば半年以上は先の事だろうがな!ガハハ!!


 という事で、以上。補足でした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る