宣戦布告

 3人揃って外に追い出された者達の間には、やはりと言うかなんというか、微妙に気まずい空気が流れていた。

 こういった場合はレイが間を取り持つべきなのだが、残念なことに彼女は現在絶賛お着換え中である。


「ウチは姫子松 毬ひめこまつ まりや、よろしゅうな」


 ロリっ子もとい姫子松は空気感に耐えられず、いの一番に口火を切った。

 彼女が少しの間だけ瞳を閉じると、己の強さを数値化した『ステータス』のパネルが空中に出現した。


 ステータスの表示は八年前の異変以降に全人類が使用できるようになった摩訶不思議な力であり、以下の六つの項目が10段階評価でレーダーチャート化されて表示される。


 一つ、残存する体力を表す『生命』

 二つ、力の強さを表す『物理攻撃力(物攻)』

 三つ、物理的な攻撃からの耐性を表す『物理防御力(物防)』

 四つ、足の速さや器用さを表す『俊敏』

 五つ、超自然現象である魔法攻撃からの耐性を表す『魔法防御力(魔防)』

 六つ、魔法の適性やその力を表す『魔法攻撃力(魔攻)』



 毬は忌避感を感じないのか、個人情報の塊であるステータスをいとも簡単に鋼へと見せた。


「ステータスは御覧の通り魔法使いってところやな」

 

【生命】6  【物攻】6  【物防】1

【俊敏】7  【魔防】6  【魔攻】9


 姫子松のステータスを一言で表すなら、レーダーチャートの六角形にある物防を切り取って魔攻に張り付けた形。と言ったところだろうか。


 ステータスの合計値は種族の如何に関わらず一律で35となっているが、各種族にはそれぞれ『種族限界』が設けられており、その数値を超える事が出来ないといった違いは存在する。


「劣化版「殺戮姫」みたいなステータスしてるやろ?」


 殺戮姫というと鋼の姉の事だ。

 言わんとしている事は伝わったかもしれないが、件の彼女はもう少し無駄のないステータスをしている。姫子松の生命と物防では前に出て戦おうにも、後方で援護しようにも、流れ弾が掠っただけで死にかねないだろう。


「優秀なステータスだと思いますけど」

「世事はええって、それよりコウのステータスも見せてや」

「……えぇ、はい」


 鋼が未だに片鱗すら見せない姫子松の種族が何かを考えていると、彼女にステータスを見せるようにせっつかれてしまった。

 とはいっても、彼は全人類の中でも突出したしょうもなさを誇るステータスをしているので見られて困ることはない。


「おぉーこりゃまた綺麗な六角形……もしかしてサピエンス族か!ええなぁ都会暮らしやん。うらやましいなぁ」


 姫子松はなぜか羨ましがっているが、鋼のステータスはHPが5、それ以外は6となっている。


「今となってはお互いほとんど変わらないだろ。俺からすれば姫子松のステータスの方が羨ましいよ」

「じゃあ羨ましいのはお互い様か」

「違うと思うけど」


「ほら、そんな所で自分は関係ないみたいな顔していないで美波も自己紹介しよや」


 姫子松はそう言うと、少し離れた場所で佇んでいた鬼娘に声をかけた。


「榊原 美波よ……私もステータスを見せた方がいいのかしら?」

「コウのステータスを見といて自分は駄目っていうのは無理ちゃう?」

「個人情報だから見せれなくても仕方ないと思うが」

「ええやん見せあいっこしようや」


 しかし榊原も姫子松と一緒で嫌悪感はおくびにも出さず、回覧板でも見せるかの様にステータスを開示した。


【生命】10 【物攻】3  【物防】7

【俊敏】8  【魔防】2  【魔攻】5


「どういうステータスだ。これ」


 榊原は世間的にとされる、対面同士が伸びた形のステータスをしていた。しかも、かなり尖っている。


「美波なんやけど、クラスメイトにステータスを見られた時な……」

「ちょっと、毬……」


 榊原が余計な事を言おうとした姫子松を制止しようとするが、抵抗もむなしく失敗に終わった。


「わー!美波ちゃんのステータス、オリオン座みたい!って言われとったわ」

「惨過ぎる」

「ウチを筆頭にな」

「お前が元凶かよ」


 その時、俺達が自己紹介を終えるのを待っていたのか、ほかの二人と同様に体操服に着替えたレイは勢いよく倉庫の扉を開け放った。


「第六の最女が『宣戦布告』してきたっ!!!」


2


 レイがそう声を張り上げると、三人の間で弛緩しつつあった雰囲気が一瞬にして凍り付いた。


【宣戦布告】それは魔法学園創立(7年前)から代々受け継がれる伝統行事である。

 その内容は単純明快で、他の部活動が所有する設備や土地を賭けて『戦争』という名の勝負を行うイベントの様な物だ。

 

 宣戦布告が出されてからの一定期間はお互いの部が活動を停止して全ての部員が戦争に従事しなければならず、敗戦部は戦勝部の要求を飲む必要がある。


 そしてなにより、魔法学園に所属する限り宣戦布告を拒否する事は許されない。


「待て、今は仮入部期間中だろ?【仮入部員のいる部活動への宣戦布告を禁ずる】『戦時学園法』でも明言されている筈だ」


 鋼は学園手帳に記載されていた一文を必死に思い出してレイに尋ねた。


「はは、最女は去年に三年生が卒業した時点で一度潰れているから、今ある最女は全く新しい部活なんだ。そして、創立部員しかいない部活動にお験し期間は必要ないだろう?」

「つまり、3人とも本部員っていう事か!?」

「そうなるなぁ」


 第六の最女もそれを理解したうえで宣戦布告をしたという訳だ。


「向こうさんの要求は何や?」

「部員だよ。第六の最女は今年、仮入部員が殆ど居ないらしくてさ」

 

(部員がいないから他所から貰う?人の事を物だとでも思っているのか⁉)


「そんな事がまかり通って良い訳がないだろ!?「花嫁がいないから攫っちゃおう」と言っている蛮族と同じ思考回路だぞ!」


 鋼は「まぁ、仕方がないよね」とでも言いたげなレイに思わず怒りをぶつけたが、彼女はあっけらかんとした表情を崩さない。 


「ムウの亜人はみんな蛮族さ。結局は力が全てだからそういう・・・・事もよくあるんだよ」

「それにしても、このタイミングで宣戦布告をしてきたのには理由がありそうね」


 今まで押し黙っていた榊原が訝し気にそう呟いた。


「今日は仮入部期間の最終日やからな、新入部員候補の前で『戦争賠償』を払わせたら良いデモンストレーションになると思ったんと違う?」

「とにかく第七にいる二、三年の最女を集めるぞ!!」


 これは一年生が解決出来る事ではない。

新設とはいえ数人ならば上級生も居るだろう。鋼の発言はそう思っての事だったのだが……


「いないよ」

「は?」

「だから、最女の部員はここにいるので全員なんだって」


 頭に「女子」が付くものの、最前線部と言えば野球やサッカーにも勝る人気な部活だ。その最女にニ、三年の部員がいないというのは驚くべきことである。


「なんで全員落ち着いているんだよッ!」

「なんでコウが慌てているんや」


 慌てている?いや、違う。鋼は慌ててはいない。

 ただ、憤っているだけだ。


 第六の最女に負ければ部員を奪われる。そうなれば部員が最低数である第七の最女が部を存続することは出来なくなるのだ。


「負けたら廃部になるんだぞ!」


 彼女等は負けたところで格上の学園に吸収されるだけだと思っているかもしれないが、そうではないのだ。

 ムウの亜人が弱肉強食であるというのならば、寧ろ逆だ。


 奴らは敗者を所有物として扱う。それは第六よりも格上の連中だって同じ事だ。

 ならばこの学園で負けるという事は、羽をもがれるという事は、体に負け犬の烙印を刻み込まれると同義である。


「その時はその時や、別に今の時代なら部活動に拘る事もないし、こういう事態になる可能性も部活を作る時に聞かされていたからなぁ」


「なんで簡単に諦められるんだよ」

「……はぁ?」

「お前ら俺なんかよりもよっぽど優秀なステータスと能力があって、努力をすれば実りがある立場に居ながら、どうして牙を抜かれた負け犬みたいな顔ができるのかって聞いているんだッ」


 しかし3人は答えない。

 先程から変わらず目を伏せ、顔を逸らし、まるで全てを諦めたかの様に口を噤む。


 鋼は今日会ったばかりの他人に対して、自分のエゴを押し付けた事を激しく後悔していたが、しかし。彼女等の反応を見てようやく全貌の一部分を理解することが出来た。

 

 玲も言っていたが、ムウ大陸は弱肉強食の完全実力社会で形成されている。

 姫子松や榊原の様に半端なステータスでは同級生や教師、果てには家族からも見下されて来たのだろう。

 

 常日頃から洗脳の様に己が弱者であると思い続けていたのであれば、自らに降りかかる理不尽を全て容認してしまうのも無理はない。


 だからこれは彼女等が悪いという訳ではなく、鋼という個人の感情として、彼女等を育んだ環境が許せないだけなのだ。


「ちょっと、落ち着きいや」

「これが落ち着いていられるか!」


 鋼は彼女等の制止も聞かずに入口へと向かうと、錆びた鉄のゲートを乱暴に開け放った。


「あぁ!何処に行くのさ!」

「トイレッ!!」


 そう吐き捨てると、彼は振り返る事もせずその場から逃げるようにして立ち去った。

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