いいえ、男です
「はは、冗談きついですよ。俺が入るなら「女子最前線部」ではなくて「最前線部」じゃないと」
鋼は揶揄われていると思ったのでそう返したが、二人とも真顔である。
「いやお前、無能だろ」
「そっすね」
ここで言う無能というのは役に立たないとか仕事ができないといった意味の無能ではなく『無能力者』という単語を短くしたものである。
『能力者』と呼ばれる者たちは『種族特性』か『第六感』を持っている。もしくは『スキル』を手に入れる事ができる素養を持つ人物の事だ。
逆に、無能力者はそれら全てを持たない者の事であり、しばしば差別や侮蔑の対象となる事がある。
「えっ、無能なのに魔法学園に入ったの?」
「グフッ」
鋼は思わぬ伏兵に心を抉られてダメージを負った。
「もしかして後方支援学部とか諜報員育成コースの人だった?」
「一般入試で、その」
「無能でも諦めないで!頭が良ければ上の学園に入れるんだよ」
魔法学園は第一から第七まで名前が分かれているものの、その実は全て一つの機関である。そして、成績優秀者はより数字の低い学園への移動が可能であった。
「……俺みたいなゾウリムシが魔法学園に来ちゃってすみません」
「その辺にしてやれ。沙魚川は幼い頃から優秀な姉と比べられて来て、必ず色眼鏡で見られると分かっていたにも拘らず、それでも魔法学園にやってきたんだ」
無自覚獣娘から言葉責めを受けていた鋼を不憫に思ったのか、全ての元凶である久遠先生はそう言って間に入った。
「先生……」
「人より少し性根が曲がっていてメンタルの弱い奴だが、それでも、努力はしてる。してるよな?」
「先生?先生しっかり擁護してください先生。語気を弱めないで」
「いいかい?男はハートだよ」
「なんで今とどめ刺した?」
性根やメンタルにケチを付けていた人の言って良いことではない。
「そうだな。お前、第七の入試テスト何点だった?」
「学力が80で、実技は13ですね」
「うわっ、頭良いんだ。うらやましいな」
「正気か?」
「知っていると思うが、魔法学園は学力と実技を足した総合点で第何学園の何クラスに振り分けられるかが決まる。一番下である第七学園の六組に在籍するとはいえ、実質半分の成績で学園に通うのだからそれなりに優秀ではあるのだよ?」
「そうなんだ。僕は沙魚川君と逆で勉強はからっきしだからさ、テスト前は頼ってもいいかな?」
「まぁ、役に立てるかは分からないけど」
彼は突然取り付けられた獣娘との勉強会に心を躍らせて、一拍も開けず速攻で返事をした。
「丁度いい。部員との交流もできたし、今日のところは彼女と一緒に部活の見学に行ってきたまえ」
久遠先生はぶっきらぼうに言い放つと、何か面白く無い事が起こったかの様に自前の青髪を指で弄び始めた。
それにしても、俺が『
鋼はというと、そんな事を考えながら口を開く。
「やっぱり帰宅部っていうのはダメなんですかね?」
「それは来週の月曜日。仮入部期間が終わる前に自分自身で決める事だよ」
一縷の望みに賭けて投げ掛けた質問は、飄々とした態度の久遠先生に受け流されてしまった。
因みに久遠が最後に言った言葉は、入部するか退学するかかを自分で選べ。という意味である。
何としても来週までには入部する部活を決めなければいけない。
鋼はそう固く心に誓った。
2
「自己紹介が遅れちゃったね。僕は奥見 玲、レイでいいよ」
「沙魚川 鋼です」
久遠先生に見送られて教室を出た鋼と玲は、最女の部室があるという23番グラウンドに向かって歩みを進めていた。
「コウ君ね?よろしく」
「興味本位で聞くんだが、奥見は「レイだって」」
達人の如く間合いを詰めてくる奥見から距離を置こうとするも、予想していたかのように回り込まれてしまった。
(いや、いきなり名前呼びってなんだよ。陽キャか?)
しかし、そう思っても口にはしない。
「……レイはどういう種族なんだ?」
「あっ、それ聞いちゃう?」
「すまない、マナー違反だったか」
「そういう訳じゃないんだけどね」
何が楽しいのか。玲は両手をワキワキと動かしながら少しだけ意地悪気な笑みを浮かべた。
「コーライクイネ種って知ってる?」
彼女の容姿からして犬科の要素が入った亜人なのだろうが、鋼はコーライクイネという単語を聞いた事が無かった。
「えぇっと、すまん」
「私達は代々アルテミス一家に仕えているから知名度はないんだよね」
彼女等の種族は八年前のモンスター駆除には参加していなかった。
一般人が知らないで訳である。
「アルテミスっていうと席次2番の
「そうそう、エルは僕の君主なんだよ」
「子供のから上下関係が決まっているのか。色々と大変じゃないか?」
「うーん、昔はどうだったか知らないけど、今は君主って言ってもお隣さんみたいな感じだからねぇ」
一階にある玄関ホールに着くと、玲はそこで靴を履き替え始めた。
どうやら最前線部とは違い屋外での活動らしい。
「魔法学園っていうのは本当にマンモス校なんだな」
野球部とサッカー部のグラウンドを区切るように設置された通路を歩きながら、鋼はしみじみと呟いた。
「第七の近くにある運動場でもこれなんだから凄いよね」
「第一付近は全国的に見ても優秀な成績を叩き出す部活動が集められている上に、設備もその道のプロが使用する様な一級品らしいしな」
国もこの魔法学園にはそれだけの価値を見出しているという事である。
その分、入部にすら審査が設けられているのだが。
「着いたよ」
教室を出てから数々の不思議体験をすること十数分、二人はようやく目的地へと辿り着いた。
「えぇーっと」
学園の敷地外にほど近いその場所は、雑草の生い茂る広大な遊休地に見えた。
ただでさえ田舎の放棄された土地を想起させるにもかかわらず、辺りを囲う錆びたフェンスも手伝ってより閑散とした雰囲気と哀愁を漂わせている。
彼女は勝手知ったる我が家のように入口のフェンスへ手を掛けると、キィっという耳障りな甲高い音を上げるゲートを開け放った。
「ようこそ、女子最前線部へ」
◇
入口の横に敷設された倉庫。
それが、女子最前線部である彼女等に与えられたという唯一の部室なのだという。
「遅かったやん」
中に入ると、北欧系の可愛らしいロリっ子が切れかかった蛍光灯の不気味な光に照らされつつ声を上げた。
「ごめんね、でも入部希望者を連れてきたんだよ」
「え、それ、入部希望者なん?」
玲がそう返事をすると、北欧系関西弁ロリっ子は燃えるような赤髪を揺らしながら訝しむようにこちらを見上げた。
「こちら、沙魚川 鋼君です。わーいパチパチ」
「いや、男やん」
「申し訳ないけれどここは女子最前線部よ。男性は最前線部へ行って貰えるかしら」
倉庫の奥から聞こえた声の方に視線を向けると、カラスの濡れ羽の様な黒髪を持つ女性が椅子に座りながら本を読んでいた。
額から生えた20センチ位の角が見えたので鬼系の種族なのだとは思うが、その角は何故か左側にある一本だけである。
和服と薙刀の似合いそうな美人だが、蛍光灯も相まって鋼は恐怖しか感じていなかった。
「いや、コウは久遠先生が……」
玲が弁明をしようとしてくれているが、彼女が何と言ったところでここが女子最前線部であると言う事実は変わらない。
(なるほど雰囲気に流されて場違いな場所へ来てしまったらしい)
「すまない、俺の勘違いだったみたいだ」
彼女たちの関係に妙な溝が入る前に退散しようと振り返った時
「なぁ、これが最近噂のトランスジェンダーっていう奴なんか?」
ロリっ子が妙なことを口走った。
「それで久遠先生が気にかけていたんだね!!」
「いや、そういう訳じゃ」
鋼の弁明もむなしく、聞く耳を持たない彼女たちは俺に向けて優しい笑みを浮かべて見せた。
「負い目も引け目も感じなくてええねんで、ウチはそういうの理解あるから」
(駄目だこいつら)
鋼は彼女らの説得を早々に諦めると、鬼娘へと助けを求めた。
「あぁ、えぇーっと。あなたもそれで良いんですか?」
「二人が決めた事なら、それに従うわ」
「さいですか」
「そっちの問題が解決したんならこの話は終わりやな。はよ始めようや」
まだ何も解決していないというのに話が終わってしまった。
どうやら鋼は唯の無能からトランスジェンダーな無能に進化したらしい。
「僕は着替えがまだだから先に行っていてよ」
レイはそういうと、俺達3人をまとめて倉庫の外へと押し出した。
「追い出されてしもうたな」
「相変わらずそそっかしいわね」
入学から一週間も経っていないというのに彼女達は随分と親し気な様子である。
鋼は彼女らに揉まれながら今日一日を過ごすことを想像して、開始早々どんよりとした気持ちになった。
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