第6話 欺瞞とアフタヌーンティー(1)
王子はアガーテを促し、ティーセットの置いてあるローテーブルのほうへと案内する。
「どうぞ、座って」
ローテーブルに面して、長いソファと一人がけ用のソファがある。
アガーテはゴットフリートに遠慮して、一人がけ用のソファに座ろうとする。すると、彼はアガーテの腕をやや強引に引いて長いソファに座らせ、自分はその隣に腰を下ろした。
アガーテはゴットフリートを困ったように見た。だが、王子は微笑んだまま、彼女の隣を離れない。
「逢瀬なのだから、気を使わずとも良いではないか」
逢瀬。
ずしりと、現実がアガーテにのしかかってくる。
夫の留守中に王宮に呼ばれた、これは言い訳できるだろう。第二王子と二人っきりで会った、それも、なんとか。だが、第二王子とくちづけしたことは、何の言い訳もできない。年下の彼に翻弄されていることも。
翻弄されている。本当に。夫に対して申し訳ないほど。
だが、おそらくこれは、王子に惹かれたというより、男性のこういう熱烈な想いの吐露に慣れていないゆえに動揺しているのだろう。
——本当に、殿方なんて、エリアスとしかまともに付き合ったことのないわたくしなんかじゃあなくて、もう少し経験のあるお方のほうが良いのではないかしら……。
身体が自然と固まっていると、片手を取られた。アガーテは驚いて声を上げてしまう。
「殿下、何を……!」
「話をしておかなくてはならない」
王子は「逢瀬」を
「母上は、そろそろ閨のことを教わる時期だと、言ってきた」
「は、はい」
第二王子とは最も王太子の身代わりになる存在だ。
王太子が不慮の死を遂げた場合に、その代わりに玉座に座らなければならない。その彼が、子が出来る出来ないはともかく、子供の作り方を知らないなど、あってはならない。
「美貌の女官を何人か相手にすすめられたが、あまり、その……本当に好きでもないのに、良いのかと思って」
す、と王子の手がアガーテの腰に伸びる。彼に引き寄せられ、そのはずみで彼の胸元に顔をうずめる羽目になった。
「……
「殿下、お許しを」
「人払いをしている。安心せよ」
ですから、と訴える間も無く、話が続けられた。
「困っている母上に、思い切って、レーヴェンタール伯爵夫人なら、と望んだ。まあ、さらに母上を困らせる結果になってしまったが。騒ぎに巻き込んでしまって申し訳ない」
身体が離され、真摯に謝られた。本当に謹厳な性格なのだろう。
「本来ならば、貴女を運命と思い定めても、想いを遂げることなく一生を生きるのが正しいのだろう。だが、貴女が流産したと聞いたときに、混乱してしまって……。聞いているだろうか?」
アガーテはゆっくり頷いた。自ら死を選ぼうとしたと聞いている。笑わなくなったとも。
「貴女の流産自体にも混乱した。身ごもっていたとは密かに聞いていたんだ。祝福すべきなのか嫉妬すべきなのかわからないまま子が流れて、僕は感情をどう処理していいかわからなかった。だけれど、一番混乱したのは貴女の夫の態度だった」
「え?」
「彼よりは僕のほうが何倍も貴女を幸せにできる。なのに彼に与えられて、僕には与えられないのはどうしてだ?」
「ちょっとまってください、殿下。その——」
紫の瞳が、アガーテの緑の瞳をまっすぐひたむきに見ていた。
「どうして貴女はこの国にいて、僕の相手をしてくれるんだ?」
「は……、はい?」
「レーヴェンタール伯は流産に苦しむ貴女を置いて外国に行った。僕も十六とはいえ国王陛下をお支えする立場にある。知ってるんだ、貴女の流産があっても、彼は赴任地行きを望んだことを」
「……彼は……」
「貴女は流産して心身が不安定な状態が続いている。では夫はその流産して不安定な貴女を一人置いて、しかも、首都へ置いて外国へ行く? 療養させるか、一緒に連れて行けばいいだろう? 夫は貴女の心の痛みや淋しさを無視する……」
少年がほとばしらせる言葉に、どこまで自分たちのことを知っているのかと驚いた。いや、違う。——アガーテが望んでいたことを少年が代弁しているのに、震えた。
まるで生まれるはずだった胎児が、父をたしなめるように。
「エリアスは仕事が忙しいのです……」
「
唇を強引に重ねられた。
アガーテの背中に手が回され、まるで切なさと怒りと強い恋情を表現するように、激しく唇が貪られる。
ゴットフリートの唇が離れたとき、アガーテは解放されるかと思いきや、体は離されなかった。王子のくちづけはアガーテの首筋に、鎖骨に降り注ぎ、そして最後は、大きく開かれた襟ぐりから見える豊満な胸の渓谷に落ちた。
理性が抑制を命じても、触れられた箇所が熱く反応する。
「……っ」
「アガーテ、僕は貴女に淋しい想いはさせない」
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