夕焼けの願い

夕焼けの願い

 学校が終わり、スクールゾーンを歩いていると植え込みに図鑑でしか見たことがない花が咲いていて、長年塩漬けだったこの土地にも花が咲くようになったのだと感慨深く思った。

 春になると道端には「たんぽぽ」や「さくら」より珊瑚や海藻の新芽が生えていることのほうが多かったから、僕は生まれて初めて見る陸の草花がとても新鮮であたたかくて、けれど少し寂しい気持ちになる。

 僕の住む街は百年以上海水に浸かっていた。都市が地上に浮上したのは今から13年前。だから、記憶の中では僕の故郷は海に沈んでいた頃の方が長い。大昔、大きな災害があってみんな沈んでしまったのだという。

 正直まだ僕は歩くことよりも泳ぐことのほうが得意だ。小さな鰓が開いたことを自慢しあったある日の放課後、友達と人魚のようにしなやかに校庭を泳ぎ回っていたあの日の夕暮れ。

 すべてが思い出の彼方にある。

「未木、ホームルーム終わったの……」

 同級生の咲来が坂道の上から声をかけてくる。背が高くて、髪の長い男の子。

「今日はよく晴れているね、調子はどう?」

「最近タマがよく水を飲むんだ。ここで取れた水だよ。良いことだ」

「タマってねこでしょう?僕、ねこってまだ見たことないんだ。今度見せてよ」

 いいよ、と咲来は二つ返事で了承した。僕たちは街全体が見渡せる丘の大きな木の下に腰を下ろすと、いつものように互いが一日に体験した出来事を交換し合う。

「歴史の授業でさ、この街は生まれ変わったんだって先生が言ってたんだ」

僕がそう言うと咲来は間髪入れずにこう言い返す。

「それ、僕も受けたよ。でも不自然だよな。今までの生活とは明らかにちがくなったのに。この木だって」

 咲来は干からびた和布の塊のようになった大木を撫でる。この木は海中にいたときは今の姿からは考えられないくらい生き生きとしていた。毎日この場所に通っていると都市が浮上したあの日から急速に弱っていっているのがわかる。

「街だけじゃない、僕たちも生まれ変わるんだって。でも、そんなに上手くいくものなのかな」

 夕日が西の海に沈んで夜が近づいてくる。水の屈折で歪んでいない、橙色のまあるい太陽。

 僕の気が滅入り始めているのに感づいた咲来は、

「上手く生まれ変われなくったって、俺たちは俺たちのままでいいんだよ。未木は未木のままでいいし、俺は俺のままだ。どれだけ辛くっても、前を向いて生きていくだけ」

夕焼けを浴びた咲来は晴れやかな笑みを浮かべるとそう言い切った。僕もその言葉に笑ってこう付け足す。

「ちがいない!」

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夕焼けの願い @murasaki_umagoyashi

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