spirit in spirits
お題:複雑な水 必須要素:資料 制限時間:30分
「これさえ上手くいけば……」
スポイトから試験管にぽたり、と試薬を落とし、小刻みに振る。
真っ赤な、少し粘りのある液体。血。
そして試験管の血は鮮やかな赤のまま、スライドガラスに垂らされる。手際よく作ったプレパラートを顕微鏡にセットし、焦点を合わせる。小さな粒がうごめくのを観察した私は、よし、と小さく呟いた。
冷蔵庫から取り出した輸血パックに、先ほどの薬品を注入する。
冷蔵庫に貼り付けられた写真付きの資料を手に取る。そこには輸血の持ち主の情報がすらりと並んでいた。十七歳、日本人。女性。黒髪で、色白の肌。出身地、母校、好物、体脂肪率。全てが書かれていた。
この輸血パックは献血センターから横流しされた品。資料は興信所に揃えさせた。
しばらくうっとりと資料を眺めたが、すぐに次の作業を始める。
フラスコ、氷水、試験管、卓上バーナー。手製の粗末な蒸留器だ。
手製の実験設備たち。何度もしてきた血の蒸留。
バーナーを点火する。すぐに蒸留が始まった。
部屋に立ち込める独特の臭気に、恍惚感を覚える。血の匂いだ。
冷蔵庫の冷凍室を開けた。蒸留酒の酒瓶と、小ぶりのカクテルグラス。
冷凍庫から出たばかりのそれらはすぐに霜が張った。
酒瓶のラベルを指でこする。「アクアビット」。その蒸留酒の語源は「命の水」だ。
カクテルグラスにアクアビットを淵のぎりぎりまで注ぐ。
透明な蒸留酒、透明なグラス。そこに一滴、ほんの一滴垂らすのは、蒸留したての、透明な蒸留水。
ピペットでそっと、入れ過ぎれば世界が壊れてなくなるかのようにそっと、蒸留水を落とす。
カクテルは完成した。私は冷蔵庫から取り出した、彼女の血で作ったチョコレートプリンをカクテルの横に並べた。
彼女を初めて見たときに、これを思いついた。ただそれだけだ。しかも今回は殺しても居ない。
血液の蒸留には手間取ったが、さて。
「乾杯」
バーナーの炎に照らされながら、カクテルを味わう。後味に、ほんの少し血の香りが残った。口当たりも申し分ない。チョコレートプリンも一口。彼女の命そのものが溶け込んでいくような仕上がりだ。固さも計算どおり。最高の時間だ。
「次は、誰をどうやって食べようか……」
人の命ほど、美味なものは無い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます