牢屋の最も弱い場所
お題:弱い牢屋 制限時間:30分
房内に取り付けられた便器をそっと取り外し、その裏に穴を掘ってゆく。他の囚人から賭けでかき集めたタバコと引き換えに、便利屋から買った小さなハンマーで、ゆっくりと、しかし着実に穴を掘る。
何度も検査をくぐり抜けた。何度も見つかりそうになった。その度に秘密を守り抜いた。
自分一人が身をかがめてようやく潜り抜けられるトンネル。そんなものをもう、一年、4メートルの長さに達するまで掘り続けていた。
「そんなんでここから出られるなら、こんなに簡単なことは無いぜ」
同じ房の同居人はあきれてバカにした。ただ、秘密だけはずっと守ってくれた。詐欺師は、悪人に不義理を働かないものだ。
私はそれに加えて表でも穴を掘り続けた。謙虚に学び、本を読み、何冊ものノートには思想について書き留めた。全ては「完璧な模範囚」、その為に。穴を掘ったのは壁じゃない、看守への印象だ。丁寧に、丁寧に心の目に穴を開けた。決してそうとは知られないように。
ある晩、私は計画を実行に移すことにした。私は深夜の見回りに合わせて、腹痛でのたうち回るふりをした。全神経を『イ・タ・イ!』と意識させ、脂汗までかいた。もう一人の当番を呼びつけてから、介抱のために看守が房の中に入り、近寄った瞬間、割れたガラスゴミに裂いたシーツを巻いたお手製のナイフで首の後ろを貫いた。相棒と二人でぴったりと、タイミングは合わせた。ナイフは引き抜かず、シーツの部分で血を吸わせる。そのまま制服をはぎ取って、彼らの死体をトイレの裏の穴に隠した。抜け出すための穴ではなく、出し抜くための穴。看守の巡回ルートは熟知していた。そしてこの刑務所がICカードによって入退室の管理が行われていることも。
刑務所自体の出入りは、民間の警備会社が行っている。今や何でもかんでも民営化の時代だ。最後の関門だけは難なく突破できた。
「どんな完璧なシステムにも、穴はある。最も弱いポイントは、システムが完璧になればなるほど、人間の部分に集まる」
「詐欺師にそんなことを言う奴がいるとはな」
「それを理解してない事こそが、最大の弱みなんだ」
「さて、詐欺の上に殺人まで重ねた訳だが?」
「いつだって弱いところは人間、今は『脱獄中の俺たち』ってところだな。顔を変えて、ホームレスから戸籍を買い取る。名前も変わる」
いつだって、弱いのは人間だ。なら、その人間の部分を今度は取り替えてしまえばいい。医療詐欺の医者に心当たりがある。詐欺師は悪人に不義理を働かないものだ。
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