第41話 フルールの依頼

 シャロの私室は前にアルフたちを呼んだときよりも更に散らかっていた。

 主に書類の山々で……。



「えっと、申し訳ありません。本当ならもう少しきれいなところにお呼びしたかったのですけど……」

「いや、気にしないでください。いきなり冒険者たちを呼んでしまったから、業務全てに手が回っていないのだろう?」

「はい……。まだまだギルドマスターとしての仕事が慣れなくて……」

「まぁ、魔族がギルドに加わるなんて珍しいことですからね……」

「……!?」



 シャロが顔を引きつらせる。



「えっと、何のことでしょうか?」

「何かの魔道具で、気配を押さえられているのでしょうけど、ここまで近づけばさすがにわかりますよ?」

「そ、それはそうですけど……。私、別に気配なんて隠してない……」



 シャロは不思議そうな表情をする。

 それもそのはずで、シャロの気配がわからなくなるように、ギルド内に魔道具を仕掛けたのはマリナスで、シャロに迷惑がかからないように細心の注意を払って、ギルドに……というよりシャロ本人に魔道具を仕掛けていた。


 見た目はただの装飾にしか見えないので、シャロは一切知らなかったが。



「それは些細なことですけどね、私にとっては。皇帝陛下に話せば問題になるでしょうけど――」

「そ、そうですか……」



 少しホッとため息をはくシャロ。

 ただ、フルールは一瞬扉の方へ視線を向けた後に、シャロに鋭い視線を向ける。



「まぁ、ただ黙っているのも面白くないですね。どうでしょう、私と取引をしませんか?」

「と、取引ですか?」



 シャロが不安そうな表情を見せる。

 するとフルールはニヤリとしていた。



「簡単なことですよ。別にとって難しいことは言いません。ただ、冒険者の掲示板に一つ、追加してもらいたい依頼があるだけで……」

「あっ、そういう取引ですか……」

「あぁ、それを無事に果たせたら、シャロ様の命は助けてもらうように、皇帝陛下に進言させていただきます」

「……その依頼とは?」

「私はマリナスという人物さえ探せればそれでいいんですよ。だから、『マリナスという人物を見つけたものは金貨十枚を与える』という依頼を張ってくれたら良い」

「……っ!? き、金貨十枚もですか!?」

「あぁ、このくらい払えば誰かやる気になってくれるだろう?」

「わかりました……。依頼の方は断っていませんので、そちらの依頼も張らせていただきます」

「よかったです。シャロ様が話のわかる人で……」



 フルールが笑みを見せて、手を差し出してくる。

 一瞬、固まるシャロだが、すぐにその手を取って握手をしていた。



◇■◇■◇■



 シャロとの話が終わり、騎士たちの下に戻ってきたフルール。

 そのまま、まっすぐに宿へと向かうと倒れるようにベッドにダイブしていた。



「はぁ……、なんだ、あの気配は……。見た目はただの気弱な少女なのに、気配は歴戦の猛者をも超える……、それこそあったことはないが、魔王を思わせるような気配を感じたぞ。相手もここで騒ぎを起こしたくなかったのか、おとなしく引き下がってくれたが、もし機嫌を損ねるようなことがあったら、私の命はなかっただろう……」



 今になって手には汗がたまり、心臓の鼓動が早くなっていた。



「なるほどな。世界最強のギルドマスターか……。あながち嘘でもなさそうだな。本人は知らないふりをしていたが、気配を隠す魔道具……。私以外、誰もあの子を魔族と気づいていなかった時点で、相当高位なものだろう。かなりの腕を持った魔法使い……。ちょっと待て――」



 フルールはふと疑問に浮かんだ。



「もしかして、マリナスというのは偽名か? 今までもマリナスの姿を見たものは、すごい威力の攻撃を受けて直近の記憶を失っていた。魔族を隠すためにマリナスという名を与えていた……というのも考えれるな。バーグはどう思う?」

「ちっ、気づいていたのか……」



 扉が開くとバーグがフルールの部屋へと入ってくる。



「私の気配察知能力が高いことは知ってるだろう?」

「……それよりもさっきのはなんだ? どうしてもっと脅しをかけていかなかったんだ!」

「はぁ……、お前はさっきも私たちの会話を盗み聞きしてただろう……」

「それがどうした! それよりもあんな弱いやつ、簡単に屈服させられただろ」

「弱いやつ……か。お前にはシャロは弱く見えたのか……」

「当然だろう!」

「いや、あれはまだまだ力を隠している。おそらく、お前や私程度じゃ歯が立たないだろう。マリナスを探す依頼を貼らせてもらえただけで十分だ」

「くっ……、それなら俺が奴を倒してきてやる!」



 それだけいうとバーグはフルールの部屋を飛び出していった。

 その様子を見て、フルールは思わずため息を吐く。

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