第27話 復活のジャグラ

 ポポルの顔を見ていられなくなって、視線をジャグラのほうへと向けるとようやく少し体が動き出していた。

 頭に手を当ててぼんやりと俺たちの方を向いてくる。



「うぅ……、一体何が? あ、あの女はどこに行った!?」

「もうジャグラを倒した後に去っていったぞ」

「ぐっ……、俺はあんな女にまで負けるのか……。これも最近農業ばかりで訓練もろくにしていないからか。これは由々しき事態だ。魔王様にお願いをして少し特訓の時間を頂くしかないな」



 フラフラとした体のまま、ゆっくり起き上がるとそのままどこかに行きそうになる。



「ちょっと待て!」

「あぁ、なんだ? 俺は今、お前に構っている暇がないんだが――」

「いや、魔王に用があるんだろう? それならば直接出向くより早い方法がある」

「なにっ!? そんな方法があるのか?」

「もちろんだ。ちょっと俺に付いてこい」



 俺とジャグラは二人で城の地下にある魔法陣が書かれた部屋へとやってくる。

 わざわざ使うこともないので、特に何も言わなかったが、かなり広い部屋をただ行き来する為だけに使っている。


 今は良いが、何かで使うようになったら魔法陣の位置を動かしてもらうか。



「なんだ、この汚らしい魔法陣は? まさかお前が書いたのか?」

「そんなはずないだろう? 俺にこの魔法陣を使えるだけの魔力があると思うのか?」

「はははっ、人間なら所詮その程度だよな。どれ、一体何の魔法陣なんだ」



 軽い気持ちでジャグラが魔法陣に触ろうとする。



「あっ、止めろ! 危ないぞ!」

「はははっ、たかが魔法陣じゃないか。そんな危ないはずが……。ぐおぉぉぉ……」



 笑いながら魔法陣に触れたジャグラが、慌てて魔法陣から手を離す。

 そして、息を荒げながらその場に膝をついていた。



「おいっ、あの魔法陣は何だ! 俺の魔力が一瞬で奪われそうになったぞ!」

「だから危ないからやめておけって言っただろう? これは魔王が書いた魔法陣だ」

「ま、魔王様が!?」

「あぁ、そうだ。でも、魔王は魔法陣を書くのが下手だったんだな。俺自身が見てもどういったものか、全くわからないからな」

「……そんなことない」



 ジャグラが小声で何かを呟く。



「んっ? どうかしたのか?」

「よ、よく見るとこう、芸術的な魔法陣で、美術的な良さがあるな……うん」



 ジャグラが突然さっきと矛盾したことを言い出す。

 その様子に呆れながら答える。



「いや、これは下手な魔法陣なんだろう?」

「そんなことあるはずないだろ! 魔王様がお書きになったものだぞ!」



 ジャグラが口調を荒くしながら答えてくる。

 まぁ、要するに何でも良いってことなんだろうな。



「わかった。それよりもここで待っていたら、そのうち魔王がやってくるぞ」

「そんなことって何だ! それにこんなところに魔王様が来るはずない……」



 今にも俺の胸ぐらを掴んできそうなほど近づいて、怒鳴ってくるジャグラ。

 するとその後ろで魔法陣が光り輝いて、ゆっくりと魔王がその姿を現す。



「いや、来ないも何も今そこに来ているが?」

「そんなことあるはずが……」



 ジャグラがゆっくり後ろを振り向く。

 するとそこには悠然と構えている魔王の姿があった。



「あるはずが……ない……。ま、魔王様!?」



 魔王の姿を確認したジャグラは突然その場で頭を下げていた。



「も、申し訳ありません。このジャグラ、魔王様がこのような場所からお越しになるなんて知らなくて――。今すぐにこの部屋を魔王様が登場するにふさわしい部屋に変えますので、そのお怒りを鎮めてください――」



 必死に頭を下げて魔王に謝っているジャグラ。

 いや、ふさわしい部屋も何も魔王が勝手にこの部屋に魔法陣を書いただけなのだが――。



「気遣いは無用だ、ジャグラよ。それよりもその方はどうしてこんなところで待っておったのだ?」

「はっ、誠に申し訳ないのですが、魔王様の命令を遂行するのに自身の力が不足していることを痛感いたしました。人間の……、イグナーツはおろかマリナスにすら及ばない自身の力を反省いたしまして、よろしければ、しばし修行をしたく思います」

「ふむっ、ジャグラはそこまで力不足なのか?」



 魔王が俺の方に尋ねてくる。

 むしろジャグラがいたから農家の働きがだいぶ安定してきている。

 収穫時期が期待出来そうなくらいに……。



「そんなことないぞ。ジャグラはとてもよくしてくれている」

「だろうな。こう見えてもジャグラは戦闘力は控えめながら、その他の知識がかなり豊富でな。その料理はシャロには及ばないもののとても美味いぞ」



 魔王が笑いながら言ってくるが、ジャグラは口をぽっかりと開けていた。



「あの……、私の戦闘力が控えめ……?」

「あぁ、そうだ。とは言っても幹部連中の中では……という意味だけどな」

「くっ、やはり特訓させてもらってきます。今度こそは魔王様にふさわしい男になって――」

「ちょっと待て。アルフはそれでいいのか? こいつが修行に出てしまったら、また人手が足りなくなるのだろう?」

「そうだな。今ジャグラの手を空いてしまうのは困るな」

「お前っ……」



 ジャグラが俺のことを睨み付けてくる。

 ただ、そちらの方には振り向かずに更に言葉を続ける。



「でも、農家達も一人でだいぶ出来るようになってきている。毎日ジャグラが付く必要もないだろう。これからはたまに様子を見に行ってくれればそれで十分だ」

「うむ、そのあたりが落としどころであろうな。ジャグラはどうだ?」

「ほ、本当に構わないのですか? こんな私めのわがままを……」

「もちろんだ。ジャグラには今まで大変な仕事を任せてしまったからな」



 魔王がそっとジャグラに手を差し出すと、ジャグラは目を輝かせながらそれを受け取る。



「ありがとうございます。このジャグラ、以前より更に強大な男になって戻ってきます」

「それなのだが、ジャグラは修行する場所は決めたのか? 定期的に戻ってくるとは言え、あまり遠くに行かれても困るからな」

「そうだな。畑も度々見に帰ってくるとなると、それほど遠くには行けないな。ここからなら常闇の大森林がベストか……」



 やはり行くならそこになるよな。それならば――。



「よし、それなら冒険者ギルドに登録していくと良い。さすがに修行中に無給なのは辛いだろう?」

「いや、魔物を狩ってその肉を食えばどうってことはない」

「それにあのマリナスも冒険者ギルドに所属しているぞ? あいつにシャロが襲われないように監視役はいるんじゃないのか?」

「……っ!? それは大変だ! シャロ様の身を守るために念のために登録しておくんだな。よし、わかった! それならすぐにでも行ってくる」

「待て、シャロのところに行くのなら我も行くぞ」

「はっ、では、魔王様の身はこのジャグラがしっかりお守りいたします」



 ジャグラと魔王は二人で部屋を出て行った。

 よし、これでジャグラも冒険者となるはずだな。


 下手に帝国の冒険者が暴れそうになったら、収めてもらえるな。

 しかも、ジャグラもマリナス同様にシャロからの依頼なら断れない。

 つまり、俺がシャロに頼めば……。

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