第25話 ジャグラとマリナス

「おい、イグナーツ! そんな女と話していないで例の回復術士が誰か教えろ!」



 ジャグラが近づいてきて、イグナーツの肩をつかんでいた。



「いや、その……」

「なんだ、この男……、いや魔族は? 殺っていいのか?」

「あぁ……、死にたいのか? いいぜ、いくらでも相手になってやろう」

「いや、ジャグラ止めろ。しゃれにならないことになるぞ」

「こいつがか? ははっ、そんな奴にこの俺が負けるはずないだろう? お前じゃないんだから――」

「いや、こいつは俺より――」

「いいわ。相手になってあげる」



 マリナスが立ち上がるとジャグラが笑みを浮かべる。



「まぁ、せいぜい抵抗しろよ。殺しまではしないからな」

「け、喧嘩をするのですか?」



 ジャグラ達が話し合っているとシャロが心配そうに聞いてくる。



「いや、喧嘩じゃないですよ? ただ、ちょっと訓練をするだけで……」



 マリナスが必死にシャロをなだめる。



「喧嘩じゃないのか? 俺は殺す気で行くぞ?」



 ジャグラは空気を読まずに笑みを浮かべながら答えるとシャロが心配そうな表情を見せる。

 するとその瞬間にマリナスが顔を近づけ、ぐりぐりと手に持っている杖を押しつけてくる。

 そして、笑みを浮かべながら小声で呟く。



「おいっ、余計なことを言うな! シャロちゃんに嫌われたらどうする!」

「シャロ『様』だろ! 死にたいのか?」

「わかった。本気で相手をしてやるから後で覚悟しておくんだな」

「一瞬で引き裂いてやるぞ」



 二人ともニヤニヤと笑いながら手をつかむ。



「見ての通り喧嘩なんて全くしてないよね?」

「あぁ、シャロ様に迷惑が掛かるようなことなんてするはずがないな」

「そうなんですね。私の勘違いでよかったです。では、お二人はとっても仲良しさんなんですね」

「そうですよ。旧友のように仲良しなんですよ」

「いたたたっ、強く握るな!」



 マリナスは思わず握る手に力が入る。

 するとジャグラが顔をしかめて文句を言う。


 その様子を見てシャロが笑みを浮かべる。



「喧嘩をするほどの仲良しさんなんですね。もしかしてお二人は付き合っているのですか?」

「ま、まさかそんなことあるはずないでしょ……」



 マリナスの眉間にしわが寄る。

 そして、ジャグラを握る手に更に力が込められていく。



「い、痛い、ちぎれる……」



 ジャグラは思わず握られた手を引き離す。



「お、お前、本当に魔法使いなのか? 剣士みたいな力だが……」

「ほう……、私が魔法使いと疑わないように魔法で粉々にしてやろうか?」



 二人はふたたびにらみ合う。



「えっと、私、何か間違ったことを言いましたか?」

「いや、今のは仕方ない。マリナスとジャグラだからな……」



 一人蚊帳の外のイグナーツはただ苦笑を浮かべていた。



◇■◇■◇■



 シャロのギルドは意外と上手くいっているみたいだった。

 ギルドの依頼は朝張り出すとあっという間になくなり、そこで支払った金は夜の酒代で消えていく。

 依頼をこなしてもらった上に金を回収出来るのだから儲けものだ。


 しかも、良いタイミングで魔王が飯を食いに行っていたようだ。

 冒険者がシャロに逆らうことはなく、しっかりとギルド長としての仕事もこなしてくれているようだ。


 これで冒険者達も手足のように動かせるだろう。

 あとはイグナーツが鍛えている兵士たちの準備が整えば、魔王に兵を借りてドジャーノを攻め落とす!

 そうすれば、とりあえずの危機は脱することが出来るだろう。


 ただ、育ててるのがあのイグナーツだもんな……。


 俺は初めて会ったときに全裸だったことを思い出して、急に不安になってくる。



「よし、一度見に行くか」



 さすがに兵士たちが全裸で特訓をしている……なんてあり得ないとは思うが、完全に否定しきれない。

 こんなことならポポルに兵を任せるべきだっただろうか?


 ただ、彼女には色々と相談すべきことがあったからな。

 賢者マリナスのこととか、ドジャーノの町がどんな様子だったかとか……。


 特にマリナスはどの町に潜んでいそうかとか、どういった場所に訪れるかとか、より精密な情報が必要だったためにポポルには以前と同様にこの国の参謀長として力を貸してもらうことになっていた。


 マリナスは少女達が集まる場所によく出向き、その姿を眺めることが人生の楽しみらしい。


 それもあってシャロがギルドと兼任で酒場をすることを勧めたのだが、姿を隠して現れたら誰も気づかないよな。


 とにかくまずは兵の訓練を見るか。





 兵の訓練場へと向かうとそこではなぜかジャグラと魔法使いみたいな見た目をした少女が向かい合っていた。


 その側にイグナーツが心配そうな表情を見せながら控え立っていた。



「これは一体どういう状況なんだ?」

「アルフ様!? いえ、私にも何が何だかわからないのですが、喧嘩が発展して今の形に……」



 イグナーツも今の状況を上手く理解していないようだった。


 ただ、魔族であるジャグラ相手に魔法使いが勝てる風には見えない。

 むしろすぐに殺されそうに思える。



「ジャグラ! 今すぐに止めろ!」

「お前の命令なんて聞くか! こいつは……、こいつだけは殺す」



 ジャグラは拳に炎をまとわせて怒りを露わにしている。

 それほど怒らせることをしたようだ。



「おいっ、そこの奴! 俺が説得するから速く逃げろ!!」

「なんで私が逃げる必要があるんだ? 逃げるのはそこの魔族だろう?」

「俺が何で逃げるんだ! いいだろう、粉々に引き裂いてやる」



 止めようとしたのだが逆効果で火に油を注いでしまったようだ。



「イグナーツ! この二人を止められるか?」

「私が全力を出しても無理です……」



 イグナーツで抑えられないとなると……打つ手がないじゃないか。

 何か手は……。

 こういうときはポポルに何か策を考えてもらうしかないな。



「あれっ、アルフ様? こんなところで何してるの?」



 タイミングよくポポルが訓練場を見に来てくれる。

 その手には何かの袋包みが握られていた。



「ポポル、ちょうど良いタイミングだ!」

「えっ、何? 私はイグナーツにお弁当を持ってきただけなんだけど……」

「ちょっとあの二人を止める策をくれ!」

「魔族と……あらっ、マリナスじゃないの。見つかったのね」

「えっ、マリナス?」

「えぇ、そうよ。賢者マリナス。アルフ様が探していた人物よ」



 ポポルの説明に俺は口を開けて、マリナスのことを見る。

 確かに魔法を使いそうな容姿は賢者……と言えなくもない。

 しかし、こんなに喧嘩っ早くて大丈夫なのか? 本当に賢者なのだろうか?


 いや、そんなことはどうでもいいな。

 賢者という名前が重要なんだ。それさえあれば怯えて逃げていく相手もいるだろう。



「魔族、いくぞ!」

「こい! 八つ裂きにしてやる!」



 マリナスがジャグラに向かって走り出す。

 杖を思いっきり振りかぶりながら――。



「お、おいっ! 大丈夫なのか!? 賢者なんだろう?」

「大丈夫よ。マリナスなら……」



 軽く受け止めてやり返そうと思っていたのか、ジャグラが腕を交差させてその杖をガードする。


 しかし――。



「ぐはっ!」



 その杖の攻撃を受けたジャグラは吹っ飛び、壁に穴を開けて見えなくなってしまった。



 えっ!? 魔法じゃないのか?

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