第3話 城の掃除

「えっと……、すごく汚れていますね……」



 城の中に入って、シャロの第一声がそれだった。



「ろくに人がいないからな。今この城で働いているのは三人だけなんだ。だから、シャロが来てくれただけでも十分ありがたい……」

「あ、あははっ……、出来る範囲で頑張りますね」



 シャロが乾いた笑みを浮かべる。



「まぁ、シャロには基本的に俺の補佐を頼むから、そのあたりは無理しない範囲で良いからな」

「わかりました。では早速掃除道具を借りて良いですか?」

「……全然わかってないだろう?」



 今は休んでくれ、という意味合いで言ったのだが理解されなくて、思わずあきれ顔を向ける。しかし、彼女ははっきりと言い切ってくる。



「こんな汚れたところで仕事をするなんて、それこそ無茶をしていますよ! だから無理をしない範囲で掃除をさせてもらいます」

「……まぁ、構わないが――」

「ありがとうございます。では、少々お待ちください」



 うれしそうに頷いた後、シャロはテキパキと掃除をしていった。

 すると、あっという間に主要な部屋だけは綺麗になった。

 仕事で使う執務室や謁見の間、俺の寝室やシャロが使う予定の客間……。


 思いの外家事スキルが高かったことに驚きを隠しきれなかった。


 これはいい誤算だ!

 これなら家事だけでも金が取れるんじゃないだろうか?


 いや、そうするには魔族……という部分が足を引っ張るな。

 ただ、いずれはそれで金を稼ぐこともできるだろう。


 思わず俺はニヤリと微笑む。



「そういえば、城下町の家を使ってくれて良いんだぞ? 空きはかなりあるんだから――」

「いえ、アルフ様を補佐するなら城内に住んだ方が楽ですから。それにやっぱり町にいたら魔族ってことで嫌がる人もいるでしょうから――」

「そんな奴がいたら俺に言うと良い。手を打ってやるからな」

「あ、ありがとうございます」



 うれしそうな表情を見せてくるシャロ。

 せっかく将来金を稼いでくれそうな奴なのに、それを邪魔する奴は許せないからな。

 むしろそういう奴は排除した方がいい。



「では、そろそろ夕方ですので夕食を準備しますね」

「あ、あぁ……」



 俺はメイドを雇ったのだろうか?

 自ら進んで家事を行っていくシャロを見て、そんな疑問が浮かび苦笑を浮かべる。





 シャロが加わってくれたことで城の状態はだいぶ改善された。

 これならば他国の使者を招いても問題なさそうだ。


 しかし、直接的な収入の増加には繋がっていない。

 そちらも金が残ってるうちに手を打っておきたいな。



「アルフ様、どうかしましたか? 難しい顔をしてますけど……?」

「シャロか……。ちょっと金を稼ぐ手段を……。いや、待てよ」



 俺はジッとシャロの顔を見る。

 彼女の家事能力は目を見張るものがある。

 しかし、魔族としての能力がないために迫害されていた。


 もしかするとこの国にもそういった人間が多数いるのかもしれない。

 そういった使える人間を集めていくのも良いかもしれないな。


 そのためには、この国は魔族だろうと雇っているということを見せつけるのが大事か。

 種族を問わず、金を稼げる人間なら歓迎するということを――。


 そう考えるとやはりシャロには俺の従者として働いてもらうのが良いだろう。

 人族の国で魔族の彼女が主力メンバーとして働いている。


 それならば他の種族たちも来やすくなるだろう。

 間口が広い方が有能な人物も集まってくれる。

 最初から人族に絞る理由なんて今のこの国にはないからな。



「どうかしましたか?」

「いや、たいしたことではないな。シャロは俺の従者として力を貸してくれよ」

「……? もちろんですよ」



 何、当たり前のことを言ってるんだといった感じに不思議そうにしながら、頷いてくる。



「よし、それならまずは商店へ行くぞ!」

「はい、わかりました」



 シャロは俺の後を追いかけてくる。

 そして、俺たちは昨日、城のものを大量に売った商店へとやってきた。





「今日も何か売りにいらしたのですか?」



 商店に入ると早速店主が聞いてくる。



「いや、今日はまた別の用だ。それよりもここに残ってくれることにしたんだな」

「あぁ、もうしばらく様子を見てみようかなと思いましてね。あなたなら無茶なことをしでかさないでしょう?」

「無茶なこと……? あまり聞きたくないが、俺が来る前はどんなことがあったんだ?」

「簡単に言えば税額が酷いことになったんですよ。利益の九割持って行くとか税を集めている貴族が言ってきて、そんなことをしていたら生活が出来なくなるから、ここから出て行こうとしたんですよ」

「九割だと……!? そんなことをしたら商人が逃げていって当然じゃないか! ちなみにその貴族というのは?」

「アールスハイド執政官ですね。今はアルフ様が帰ってきたから自分の領地に帰ったんじゃないでしょうか?」



 あぁ、取れるだけ取ったら自分の領地に逃げていったのか……。

 そのせいでどれだけ俺が苦労していると思ってるんだ!


 グッと手を強く握りしめる。



「アルフ様? どうかしましたか?」



 商人に言われて顔にも出ていたことに気がつく。



「いや、何でもない。それよりも税率は元の五割……。いや、散々迷惑をかけてきたわけだもんな。当面は利益の三割払ってくれたら良い。このシャロが取りに来るから渡してくれ」

「……それだけでいいのですか? これでも俺も商人の端くれですよ。この国の財政がかなり悪いことくらいわかってます。そんな状態で税率を減らすなんて自殺行為になるんじゃ……」

「そうだな。今は少しでも金が欲しいところだが、だからといって人材を逃していたら話にならないだろう? それにここで売った方が儲かるとわかってるんだから、いつもよりものを売るようになる。そうなると結果的に国の収入も増えるわけだ」

「……難しいことはわからないですが、確かに我々商人は少しでも税の安いところで商品を売りさばきたいですからね。行商をしてる人間とかだとなおさらではないでしょうか?」

「そういうことだ。だから、安くする代わりにちょっと商人仲間に税率のことを話してくれないか?」

「――話しても良いのですか!? 普通は人によって税率を変えるから絶対に話してはいけないもののはずですが?」

「かまわん。周りより安いとわかれば、商人が集まってくるだろう? 流通の要となれば、それにつられるように他の民も集まってくるはずだ」



 まずは人を集めないことにはまともに収入を得ることが出来ないからな。

 表向きの信頼を得ておくのは金を稼ぐ上で重要なことだろう。


 にやりと微笑むアルフ。

 するとそのときに城にいた年配の女性が慌てた様子でやってくる。



「あ、アルフ様。こちらにいらっしゃいましたか。そ、その、魔族の方が来てるのですが――」

「そうか。わかった、すぐに行く! では、税率の件、頼んだぞ」

「あぁ、任せておけ!」



 商人が腕まくりをしてみせる。

 それに安心して俺は再び城へと戻っていった。

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