+ 両取りと浅黄くん +

𓆣 scene 01

  ◇  ◇  ◇



『終わったあと1、3だんで飲みいきたいんだけどくる?』



 夏休みのサークルに向かう途中。先輩からのLINEに、行きますと返していると隣を歩く千歳がずいっとのぞいてきた。



「男子飲みいくんだ。えっちなお店とかノリでいかないでね」


「はぁ!? 行かねーよ! つーか勝手にみるな!」


「浅黄くん押しに弱いし流されやすいし心配〜」


「そんなパワハラ?な先輩じゃないし……お前のほうがよっぽどハラスメントだろ」



 言いながらスマホをしまうと、すかさず空いた手にすがりついてくる千歳を牽制しつつ、正門から体育館までの道を歩く。

 うちのサークルは優先的に体育館がとれるわけじゃないから、たまに取れたとき不定期でバスケやらバレーやらバドやらが開催される。



「もうちょっとこっち。ちゃんと影のとこ歩こうよー」


「お前を避けてるから! お前のせいで暑い思いしてんの! ちょっとは放っといてくれるやさしさはねーのかよ」



 しつこく袖をひっぱってくるのにうんざりする。



「えー夏はひかえめにしてるのにー」


「どこが!」



 まだぶつぶつ言っている千歳を無視して、足を進めるのに集中する。駅からたかだか数百メートル歩いただけでじわじわ背中が熱くなるし、ミンミン聞こえるのがボワーと遠くなっていって、魂が蒸発しそうだ。

 ひび割れたアスファルトをにらみつけていると、視界を黒いものが横切った。

 ぶーん、と羽音がした気がすると同時に右肩がおもくなる。



「わぁぁあん! セミ!!! でかい!!!」



 びびった千歳がひっついてきたらしい。



「ったく、虫くらいで騒ぐな……」



 飛んでったセミを追って外路樹を見やると、目が吸いよせられ――…



「よ」



 イチョウか何か知らないけど、木の上のほうに止まっている。



「カブトじゃん!!!!!!」


「え、すごい、ほんとだ!」



 立ち止まって見あげる。


 カブトムシだ……!



「カブトじゃん……!」



 輝いている……!



「すごい! 東京にもいるんだね〜ど真ん中なのに。木があるからかなぁ」



とかなんとか千歳も立ち止まって、いっしょに上を見た。



「とれる? とってー」


「おけ」



 そのつもりだったし。

 うずうずしながら植込みに踏みだす。



「よっ……」



 木にそって腕をのばす。千歳が「がんばれー」とか言ってるのが聞こえる。カブトのおしりの方にそっと手を近づける……もうちょい、



「あ、」



 ぶーん、とカブトが飛びたつ。



「あー」



 うしろから千歳の声がする。

 隣の木にうつっていくカブトを目で追いかけて、ばし、と着地したのを見届ける。



「上のほうにいっちゃったね」


「……」



 ここであきらめられるわけない。場所をうつして腕をのばす。



「ふん……っ」



 どう考えてもリーチがたりないのは薄々わかるけど、うまいこと獲物がおりてきてくれるかもしれないし……。

 いや、カブトはのんきに脚をカイカイしていて、心なしか煽っているようにもみえる。


 なめやがって……!



「ぐ、ぬ……ぅ」


「ムリじゃない?」


「ムリじゃない!」


「ムリだよ。大丈夫だよ、意地になんなくても。浅黄くんはちゃんと背ぇ高いから。かっこいい、かっこいい。もう行こう?」


「あやすな! お前がとってって言ったんだろ!」


「ちょっと見たかっただけだもん。顔赤いし、はやく涼しいとこ入ろうよ」



 ヘンに気までつかわれるとよけいに名残おしくなってくる。けど、まあ確かに? 現実的じゃないかも? なんて自分を納得させつつその場を離れる。



「……カブトひさしぶりだったのに」



 ついポロッとつぶやくと、千歳がぐっと肩を掴んできた。



「なに、」


「とってあげよっか」


「……?」



 戸惑っていると、千歳が向かいあうように立って、俺の肩からずるっとリュックのひもをずらす。



「え、なにまじで」



 俺の荷物をおろした千歳は、そのまま自分のリュックもおろした。あらためて向かいあう。


 じ、と見あげられた。



「????」



 くっ、と少し強く腕をひかれる。



「……」



 千歳の顔がにや〜とゆがんでくる。



「ひざ、ついて」



 ピンときた。


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