+ 雨の日と浅黄くん +

☂ scene 01

  ◇  ◇  ◇



浅黄あさぎくん、いまかえるとこ?」



 本館をでたところで、雨音にまじって聞きなれた声がした。

 かるい衝撃といっしょにまわされた腕をひっぺがしながらふりかえると、予想通り千歳ちとせがたっている。



「急に抱きつくなよ……」



 つとめてめんどくさそうな顔をつくると、「えー」と千歳ちとせが不満げにかえしてくる。

 授業終わったらさっさと帰るべきだった。いや、裏門からにすべきだったか。でもコイツどこにでもあらわれるからな……。

 苦々しく思いながら千歳ちとせを見おろす。家が隣どうしで幼稚園からいっしょの幼馴染のコイツは、ヒマがあれば「すき」だの「つきあって」だの言ってきて、何回断ってもしつこく迫ってくる。大学も同じになってしまい、おまけに学科までいっしょの始末だ。



「いっしょにかえろ」


「やだよ」


「どうせ方向おなじだもんね、ついていく」


「じゃあなんで聞くんだよ」



 ぼやきながらビニ傘をひらくと、千歳がしれっと肩をよせてきた。



「いれて?」


「朝から雨だったのに傘もってねーのかよ」


「うん」



 絶対うそだ。千歳がせおっているリュックに目がいく。



「かばんの中、折りたたみ入ってるだろ」


「はいってない!」



 食いぎみに否定するから絶対うそ。コイツ俺が傘忘れてたら「いれてあげるー」とか言う気だったに決まってる。



「みせろよ」


「だめ」


「絶対入ってるだろ!」


「やめてよ~! 浅黄くんのえっち!」


「なっ」



 千歳のリュックにかけていた手をひっこめた俺は、前を通り過ぎる傘をさした学生たちを慌ててみやる。雨のせいで聞こえてないはずだけど、まわりの視線が気になる。



「……ッお前卑怯だろ!」



 えへへ、とごまかすように笑う千歳が、傘をもった俺の手をとって濡れたタイルの階段にふみだす。



「はやくかえろ?」



 無理やりふりはらうこともできなくて、そのまま正門まで歩いていく。千歳が腕をがっちりホールドしてくるからまともに雨を防げてない気がする。



「お前そんなにひっつくなよ、濡れる……」



 仕方なく傘をもつ手を変えた俺に千歳はふにゃっと笑って、あいた腕にさらに抱きついてくる。



「ッ調子に乗るな!」



 きつく言ってもやめないから、もうあきらめた。



「相合傘、うれしー」



 つぶやくように言う千歳に少しいらっとする。



「こっちは全然うれしくないんだけど。お前と歩くと肩濡れるし」


「わたしが濡れないようにしてくれてるんでしょ、やさしー」


「ちがう! 身長ちがうからだろ!」


「じゃあもっとくっつこ~」


「やめろ! せっかく負けてやってんだから大人しくしろよ!」



 いつも強引でうるさくて、気がついたら千歳のペースにはまっている。この辺でどうにかしないと大学生活どころか一生コイツに追いかけられつづけるのかもしれない。



「……なぁ、お前さ、友だちとかいねーの? 大学で」


「いるよ?」


「そっちと帰ったらいいじゃん」


「すきな人と帰りたいから待ってたんじゃん。超鈍感~」


「わかってて言ってんの……!」



 ストレートすぎて呆れつつも本題を切り出す。



「……せっかく大学入ったんだから俺以外のやつとつるめよ。ぼっちになるぞ」


「心配してくれてるの~?」



 にやにやした顔でのぞきこんでくる千歳。



「ちがう! お前進路とか大事なことまで俺といっしょにするだろ! あんま泳げないくせに同じサークル入るし!」


「だって~浅黄くんと沖縄いきたかったんだもん」



 不本意ながら一緒にはいった、というより無理やり千歳がついてきたダイビングサークルでは、このまえのゴールデンウィークに沖縄で合宿をやったのだ。



「こっちはお前のめんどうみたくねーよもう」


「でも頼めば教えてくれるもんね」


「つぎは絶対ない!」



 千歳につきあってやっていたら同期とか先輩とかと絡めなくてやっかいだったのを思いだす。まぁ、後半のほうは「つかれたから休むね」とか言ってきたおかげで、先輩たちと深いところ潜りにいけたけど。さすがに遠慮したのかもしれない。いや、コイツにかぎってそれはないか。



「とりあえず! 俺以外の人間と関われよ。この先も幼馴染にべったりかよ? もっとさぁ、自分持って大人になれよ」


「兼サーしてるし、友だちもいるもん」


「そういうことじゃなくて……そろそろちゃんと距離おこう、俺ら」



 ひと呼吸おいて、できるだけ真剣に聞こえるように落ち着いた声で言った。



「……やだ」



 それきり黙った千歳の表情がみえない。雨音がつよくなった気がした。大人しくなった千歳がすこし心配になるけど、ここで引いたら今までと同じだ。



「はっきり言うけど俺もそろそろ彼女とかほしいし、お前がジャマってこと。大学であんま話しかけんなよ。いっしょに帰るのもナシ……高校でモテなかったの半分はお前のせいだからな!」



 気まずいのにたえられなくて、最後のほうは冗談めかしてしまった。瞬間、腕をつかむ千歳の力がぎゅっとつよくなった。



「痛って! なんだよ、怒ってんのか!?」


「浅黄くんはこれ以上モテなくていい! 追いはらうの大変だったんだから!」


「うそぉ! まじ! モテてた!?」


「よろこんじゃだめ! ウソだし!」



 オイ。



「彼女ほしいならわたしがなる!」


「お前とはぜっっったい嫌!」


「じゃあいっしょにいるのやめないからね!」


「じゃあ、ってどっちも変わんねーじゃん。距離おきたいっつってんだろぉ……」



 ぜんぜん聞く気ねーコイツ。さっきちょっと心配して損した。千歳はこういうやつだ。



「……それに、雨の日はとくべつ」



 そう唐突につぶやいて腕を組みなおした千歳を見おろす。



「?」


「くっついても浅黄くんいやがらないから」


「……十分嫌がってますけど」


「ううん」



 赤くひかる信号にさしかかったところで、千歳がゆるく頭をもたげてきた。



「ほんとにやさしいし、だいすき」


「……そうかよ」



 押しかえそうかと思ったけど、雨で冷えた体のうちくっついてるところがあったかくて、されるがままにしておいた。


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