元魔王様と観光デート 8

 そこからのリュシエルの行動は早かった。

中に院長がいる事をシスターに確認してから案内してもらう。


「絶対に許せません。子供達の為のお金で私腹を肥やすなんて。」


「申し訳ありません。私に止める力があれば。」


 怒りながら孤児院の中を進むリュシエルにシスターが頭を下げる。


「公爵家の者に伝えにいく事は出来無かったのか?」


 相談すれば公爵なら直ぐに動いてくれそうな案件だ。


「私達はこの付近から離れる事を禁じられています。不審な行動を取れば命は無いと。」


「それではシスターを責める事なんて出来ません。ですが孤児院の院長にそんな力があるのですか?」


「援助金で荒くれ者を囲っているのです。孤児院にも出入りしています。」


「成る程な。」


 戦闘能力を持たないシスターや孤児では対抗する力が無い。

公爵家に知らせる事も出来ずにずっと酷い環境で過ごさせられていたのだろう。


「ジル、私の我儘に付き合わせてすみません。」


 街を案内すると言う話しだったのにトラブルに巻き込んでしまってリュシエルが申し訳無さそうに言う。


「気にするな。我の今日一日はお嬢にくれてやる。」


「感謝します。」


 話している内に院長が普段使いしている部屋へと到着する。

目配せするとシスターが扉をノックする。


「院長、今お時間宜しいですか?」


「この時間は近付くなと言っておいただろう!私は金勘定で忙しいんだ!」


 部屋の中から帰ってきた院長の怒鳴り声。

リュシエルが直接聞いているので逃げ隠れや誤魔化しも出来無い。


「それではその時間を無くさせてあげましょう。」


「な、なんだ貴様らは!」


 扉を開け放って中に入ると院長が怒りを露わにした表情で言う。

テーブルの上には孤児院が困窮している原因である金貨や銀貨が束で積み上がっている。


「おいおい、自分の住む街を治める貴族の事も知らないのか?」


「何?ま、まさかリュシエル様!?」


 ジルの言葉を聞いて目の前の少女の正体を察する。


「そうです、お会いするのは初めましてですね。」


「これはこれは、当孤児院に何用でしょうか?」


 急に態度を軟化させて院長が揉み手をしているが手遅れだ。

人柄も証拠も揃っている。


「何用?心当たりが無いとは言わせませんよ?」


「既にシスターに話しは聞いている。お前の汚職の証拠をな。」


 二人の言葉を聞くと笑顔だった院長がジル達の後ろにいるシスターを睨み付けた。

シスターが息を呑むのが伝わってくる。


「睨める立場ですか?これより貴方を連行させてもらいます。」


「ふんっ、対策を何もしていないとでも?」


 開き直った院長がそう口にする。

こう言った状況を想定して戦える者を雇ってある。


「お嬢、そことそこの隠し扉に一人ずつ、真上の天井に二人武器を持った者が隠れているぞ。」


 ジルが心眼のスキルを使用して周囲の情報を伝える。

一部屋くらいの広さであれば空間把握を使うまでもなく丸分かりだ。


「それは事前に言っておいて下さい!」


 そう文句を言いながらも荒くれ者を雇っていると言う情報は聞いていたのでリュシエルは剣を抜いて構える。


「分かったところで何になる!こいつらを殺せ!今日この孤児院には誰も来なかった!」


 院長がそう声を荒げると隠れていた四人が姿を見せる。

武器を持って殺意を向けてきている。


「公爵令嬢への殺害予告か。罪に罪を重ねるとはな。」


「覚悟してもらいます!」


「小娘ごときにやられるかよ!」


 一人の男がリュシエルに向かって剣を振り下ろしてくる。


「ジルとの訓練の成果を示す時です!」


「ごはっ!?」


 剣を軽く受け流してから魔装した拳を腹に叩き込んで吹き飛ばす。

格上であるジルや騎士達と訓練ばかりの日々だったので余裕だ。


「ちっ、取り囲め!」


 一人が簡単に倒されたので残りの三人が警戒しながらリュシエルを取り囲む。


「リュシエル様がやられてしまいますよ!?」


「落ち着け、あの程度の輩に負けるお嬢では無い。」


 ジルはシスターを守る役目があるので加勢しない。

この程度リュシエル一人で充分だ。

それを証明する様に一斉に斬り掛かった三人を瞬時に斬り伏せて見せる。

その動きに院長とシスターは驚いていた。


「さあ、残りは院長だけですね。」


「く、ぐう。」


 院長がリュシエルに剣を向けられてたじろいでいる。


「シスター、何を騒いでいるの?」


「はっ!来てはいけません!」


 院長室には二つの出入り口となる扉があった。

もう一方の方から何も知らない孤児院の子供が入ってきて、一番近くにいた院長に取り押さえられる。


「形成逆転だな。一歩でも動けばこのガキの命は無いぞ。」


 そう言って短剣を子供の首裏に突き付けている。

突然の事に子供は恐怖で涙を浮かびている。


「ガキを殺されたく無ければ武器を捨てろ!」


「くっ。」


 リュシエルは人質に取られた子供の安全の為に剣を落として両手を上げる。


「よし、お前ら動くなよ。俺が逃げるまで一歩でも動いてみろ、直ぐにガキを殺すからな。」


『お前が動くな!』


「っ!?」


 ここまでくるとリュシエルだけでは対処が難しいと判断してジルはスキルを使用した。

言霊のスキルによって院長の首から下が石像の様に動かない。


「ほらお嬢、早くその男を捕えろ。」


「えっ?」


「な、何だ!?身体が動かない!?」


 子供を人質に取られているのに何を言っているんだと言う表情で見てくるが、院長の言葉を聞いてジルが何かしたのだと察した。


「はっ!」


「ぐぼっ!?」


 一瞬で院長に近付いたリュシエルが短剣を奪い取って拳を顔面に叩き込む。

その拳の威力で院長は吹き飛び壁にめり込む。


「シスター!」


「あぁ、無事で良かった。」


 解放された子供がシスターに抱かれて泣いている。

怪我無く助けられてリュシエルも一安心だ。


「ジルがいないと逃げられるところでした。本当にありがとうございます。」


「まだまだ修行が足りないな。」


「しょ、精進します。」


 ジルの域に辿り着ける気がしないと思いながらも、少しでも近付ける様に頑張ろうと改めて思うリュシエルだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る