元魔王様とリュシエルに迫る魔の手 6

 リュシエルの訓練を終えて昼食を食べて一息付いていると屋敷に訪問者が現れたらしい。

メイドの一人が慌てた様子で伝えにくる。


「ではジル、行ってきますね。」


 リュシエルが緊張した様子で向かった。

答えが決まっていても直接屋敷外の者と会うのには慣れていないので、緊張しているのも仕方無い。


「シキ、お嬢にこっそり付いていって意思疎通で話しの内容を全て教えてくれ。」


「了解なのです。」


 ジルは屋敷の中で事が起こるまで待機しているつもりだ。

外の様子は真契約の恩恵によってシキから伝えられる。


「ジル様は頃合いを見計らって登場なのです?」


「冒険者が近くにいては警戒されるかもしれないからな。フラムとやらの行動次第で対応を決める。」


「分かったのです。それじゃあ行ってくるのです。」


 シキがリュシエル達の後ろをこっそりと付いていく。

外に出ると偉そうにして待っているブリオルと、その後ろに控えている二人の従者。

片方は世話係の執事であり、もう片方は傭兵のフラムだ。


「ブリオル様、わざわざご足労いただき申し訳ありません。」


 シキが会話の内容を意思疎通によって教えてくれる。

実際にリュシエルが今その言葉を発している筈だ。


「気にする事は無いぞリュシエル嬢。わしにとっても重要な事なので直接確認したくてな。それで返答は決まったのか?」


 ニヤニヤと嫌らしい視線を隠そうともせずにブリオルが言う。

もう直ぐリュシエルが手に入ると思って妄想でもしているのだろう。


「はい、一晩考えて結論を出しました。」


「それでは聞かせてもらおう。」


「私は嫁には行きません。この話しはお断りさせていただきます。」


 ブリオルの目を見てはっきりと言い切った。

しっかり言えた事に心の中でホッとする。


「それは公爵家の総意で間違い無いのですかな?」


 ブリオルが公爵に視線を移す。

その言葉の意味を理解しているのかと尋ねた。


「そうだ、リュシエルの意見を尊重した結果だ。このまま国にお帰り願おう。」


「成る程、それでこの厳戒態勢と言う訳ですな。武力行使の対抗策は用意してあると。」


 騎士達が武器を構えて警戒している。

事前に返答次第では実力行使にも出るとブリオルが宣言しているので、それを迎え撃つ準備をしていない筈が無かった。


「娘を守る為だ。他国の貴族とはいえ、向かってくるなら容赦はしない。」


「くっくっく、だーっはっは!」


「何がおかしい?」


 公爵の言葉を聞いてブリオルが高笑いをあげている。

それを見て不快そうな表情で公爵が尋ねる。

戦力的に勝っていると思っていそうだ。

元Sランクとは言ってもフードを目深に被っているのでフラムを分かっていないのだろう。


「その程度の防衛しか出来無い公爵家が哀れでならなくてな。やはりリュシエルのスキルが影響して領地が弱体化した名ばかりの公爵家と言う事か。」


「貴様、本性を表したな。」


「他国の、それも目上の貴族に対しての言動とは思えません。」


 公爵とトアシエルがブリオルを睨む。

騎士達も敵意を剥き出しにして睨んでいる。


「そんな事は関係無いのだ。何故なら今からリュシエルを除くこの周囲一体の人種は皆殺しにするのだからな。その後でゆっくりリュシエルは本国に連れ返らせてもらおう。」


「下衆が。」


 公爵が不愉快そうに告げる。

やはりこんな者にリュシエルは渡せない。


「この人数を相手にどうにかなるとでも?」


「数は問題では無い。ゴブリンが徒党を組んでもドラゴンに勝てない様に、一貴族の戦力では国家戦力には敵わないのだ!」


「国家戦力だと!?」


「出番だぞフラム。」


 ブリオルに言われてフラムがフードを捲り上げる。

フードの下から出てきた顔を見て何人かは驚愕の表情を浮かべる。


「あ、あいつは!?」


「炎王…。」


「元Sランク冒険者のフラムが何故。」


 Sランクともなるとその国の王族と同じくらい顔が広い。

他国の者でも知っている者は多い。


「俺の名は隣国にまで広まっている様だな。」


「冒険者を止めて悪事に手を染めたと言うのは本当だったのか。」


「公爵様、奥様とお嬢様を連れてお逃げ下さい!ここは私達が命懸けで食い止めます!」


 騎士達がフラムを警戒して前に立つ。

何としてでも公爵達が逃げる時間を命懸けで稼ぐつもりだ。


「おいおい聞いてなかったのか?これだから頭の悪い者は嫌いなのだ。雑魚が何人いようともSランクに勝てる訳がなかろう?」


 ブリオルが騎士達を見下しながら言う。

フラムの前には騎士なんて何人いようと塵芥同然だ。


「それに逃すつもりも無い。悪いが俺と相対した自分の運が悪かったと思って諦めるんだな。」


 フラムの前に立ちはだかってしまったのが運の尽きだ。

その時点で死の運命が決まってしまった。

普通なら回避する事は叶わない。


「一先ず屋敷から燃やしてしまえ。リュシエル以外は始末するのだから帰る家なんて必要あるまい。」


「分かった。燃え尽きろ。」


 フラムが生み出して放ったのは初級火魔法のファイアボールと似ているが黒炎の玉だ。

揺れる黒い炎からは離れていても凄まじい熱気が伝わってくる。


「私達の家が!?」


「まだメイド達やジル殿達が!?」


 放たれた黒炎を見てリュシエルや公爵達が悲鳴を上げる。

対処も間に合わず直ぐに屋敷に直撃してしまう。

フラムの攻撃ならば屋敷は直ぐに燃え尽きてしまうだろう。


「ジル様、今なのです。」


「その様だな。」


 意思疎通によるシキの合図でジルは水魔法を使用する。

向かってくる黒炎にぶつける様に大きな水球を放つと相殺されて辺りに水蒸気が広がる。


「水魔法?」


「フラムの黒炎を相殺しただと!?」


 ブリオルが驚愕の表情を浮かべておりフラムも水球が飛んできた方向を見る。

テラスには水球を放ったジルが立っており、そこから飛んで皆の前に降り立つ。


「我の食後のティータイムを邪魔した愚か者はお前達だな?」


 ジルが驚いているブリオル達を見下す様な態度でそう言った。

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