元魔王様とリュシエルに迫る魔の手 3

 シャルルメルトにあるとある高級宿屋。

予約しておいた部屋へとフラフラとした足取りで帰る男がいた。


「今帰ったぞ。」


 赤く染まった頬で上機嫌に男が言う。

だらしない腹を揺らして高そうなソファーへと腰を下ろす。


「お帰りなさいませブリオル様。早速今日の件のご報告をと思うのですが如何でしょうか?」


 主人であるブリオルに礼をしながら執事が言う。

この酔っている男こそ隣国ベイルの子爵家の現当主である。


「おう、聞こう。だがその前に酒の用意だ。前祝いってな。」


「承知しました。」


 既にかなり酔っ払っているがまだ呑むとブリオルは言う。

執事は部屋に準備しておいた高い酒を用意する。


「夜中まで女遊びに酒とは良いご身分だな。」


 この部屋にいる三人目の男がブリオルに向かって言う。

二人とは違って貴族関係の衣服を身に付けている訳では無く、冒険者の装いに近い。


「なんだフラム、お前も遊びに向かえば良かったではないか?」


「俺には仕事が控えているのだぞ?」


「お前がしくじるのは想像出来ん。だからこそわしもこうやって遊び歩けるのだ。」


 ブリオルはシャルルメルトの街に到着してから直ぐに女遊びに出掛けた。

仕事が控えているのはフラムだけなのだ。

そしてそれを聞いたフラムと呼ばれた男は小さく溜め息を吐く。


「楽観的な事だ。仕事に最善は尽くすが完璧は無い。俺が遊べるのは仕事を成功させた後だ。」


 今も仕事道具の剣の手入れを入念に行なっているところだ。

ブリオルの様に遊んでいる暇は無い。


「成功率100%の傭兵がよく言う。お前を雇えた段階でわしの勝利は確実だ。」


「だといいがな。」


 本人は自分の仕事の出来を理解していながらも一切油断はしていない。

成功を維持する為にもどんな仕事も全力なのだ。


「ブリオル様、お待たせ致しました。こちらシャルルメルトの高級ワインにございます。」


 この街に来てから買っておいた酒をブリオルへと渡す。

芳醇な果物の香りが離れていても香ってくる。


「これは中々美味いな、何本か国に持ち帰るか。明日にはも手に入る事だし、国で共に故郷の酒を呑ませてやろう。」


「それは良い考えです。ワインの方は手配しておきます。」


「それでリュシエルの返答はどうだった?」


「真に遺憾でございますが、ブリオル様の求婚の件は一旦持ち帰らせてほしいと。」


 不快そうな表情で執事が告げる。

自分の主人の求婚を直ぐに承諾しないのが信じられないと言った様子だ。


「今までと対応が違うだけでも良いではないか。さすがに今回は実力行使が効いたか。ならばわしも明日は顔を出しに行くとするか。」


「付いてくるのか?」


 黙って話しを聞いていたフラムが尋ねる。

明日は自分だけで公爵家に赴くと思っていたからだ。


「わしを見ればリュシエルが簡単に頷くかもしれんからな。だがそうしなければお前の出番だフラム。」


 ブリオルが実力行使と言ったのは嘘でも何でも無い。

その為にこのフラムを自国から連れ出してまでシャルルメルトにやってきたのだ。


「分かっている。公爵家を焼いてリュシエルとか言う小娘だけを生かせばいいのだろう?」


「そうだ。炎王と呼ばれたお前ならば造作も無い事だ。」


 勝ちを確信してブリオルが更に上機嫌になる。

それだけフラムの実力を信用している。


「小娘に何故そこまで執着するか俺には理解出来んな。大金を前もって受けとっているから俺に不都合は無いが。」


 既にブリオルからは小娘一人攫うのには充分過ぎる額の報酬を貰っていた。

金さえ払ってもらえればしっかり仕事はする。


「リュシエルを見た事が無いのか?容姿だけならばそこらの貴族の娘や風俗嬢とは比べ物にならない極上の女だぞ。まあ、危険なスキルを持ってはいるがな。」


「魔誘だったか?手元に置いておくにはリスクのあるスキルだと思うが?」


 実力者であるフラムからしても危険なスキルだと感じる。

自国まで攫って連れ帰る予定だが、あまり近くにいたいとは思わない。


「いつまでも手元に置いておく訳が無かろう。何度か楽しんだら敵対する気に食わん貴族の領地にでも捨ててスキルを発動させてお終いだ。その領地もわしが統治してやってもいいな。」


 リュシエルの有効活用方法を想像して楽しんでいる。

極上の女を抱いて領地まで増える。

フラムに払った金額は多かったが、それでもお釣りがくるくらいの成果となるだろう。


「明日の返事が楽しみですねブリオル様。」


「ああ、今夜はとことん呑むぞ。」


 フラムは明日に仕事が控えているかもしれないので早めに寝たが、ブリオルは執事を相手に遅くまで明日の事を楽しそうに話しながら酒を呑んだ。

そんな会話を隣りの部屋で聞き耳を立てている人物がいるとも知らないままに。

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