67章
元魔王様とリュシエルに迫る魔の手 1
リュシエルを鍛え始めてから数日、元々身体能力が高かったのもあってジルの訓練にも必死に食らい付いていた。
「ジル、もう限界です。」
「そう言えるうちは余裕がある。」
「えっ!?」
リュシエルの言葉に耳を貸さずに訓練用の木剣を激しく振るう。
弱音を吐ける内はまだまだ余裕がある。
「さて、このくらいで勘弁してやろう。」
「はぁはぁ…。」
息が荒くなり大量の汗をかいて足腰に力が入らなくなってきたところで、やっとジルに解放される。
緊張の糸が切れてリュシエルはその場に座り込む。
立っているのも難しい程に体力を消費していた。
「お嬢様、お水をお持ちしました。」
「タオルです、どうぞ。」
「あり、がとう、ございます、はぁはぁ。」
騎士達から受け取った水で喉を潤しタオルで汗を拭う。
ジルに手加減されているとは言っても、かれこれ1時間近く動き続けていた。
「ジル様、お飲み物は如何ですか?」
「悪いな、アンレローゼ。」
シャルルメルト公爵家の屋敷に滞在中、ジル達の世話をしてくれているメイドのアンレローゼ。
一切汗はかいていないがジルも動いて喉が渇いていたので丁度良い。
「お嬢様の訓練の進捗は順調ですか?」
「悪くないんじゃないか?手を抜いているとは言え、短期間で我との模擬戦が出来るまでになったのだからな。」
ずっと屋敷にこもっていたにしては動けている方だ。
磨けば光る原石かもしれない。
「あれで手を抜かれているのですね。」
「お嬢相手に手を抜かなければ既に再起不能にしてしまっているだろうな。」
ジルも随分と手加減が上手くなってきた。
転生して人族として過ごす様になってから、この身体の使い方も随分と熟知してきた成果だろう。
「それでもジルが認めてくれていて嬉しいですよ。私もこの数日で信頼出来る人だと判断出来ましたから。」
ジルの実力が突出しているのは誰もが分かっている。
そんな冒険者に認められる事がリュシエルとしては嬉しかった。
「ほう、もう我を信頼しているのか?」
「誘拐するつもりならいつでも出来ましたから。屋敷の者達とも実力差は歴然です。」
ジルがリュシエルを攫うつもりなら誰も止められない。
それをしないと言うだけでリュシエルからすればある程度信頼出来る人物に感じられる。
「まあ、例え全戦力で向かってこようとも我一人でどうとでもなるだろうからな。」
「仮にも公爵家なのですけどね。」
貴族の中でも高い爵位を持つので戦力もそれなりに高い。
その戦力を持ってしてもジル一人に全く届かないのは、公爵家の者からすると何とも言いがたくはある。
「一先ず休憩を入れて午後からまた訓練の続きとするか。」
「分かりました。ですがジルはいいのですか?」
「何がだ?」
「連日私の訓練をしてくれていますが、他にやりたい事はないのですか?」
リュシエルが部屋から出てきた日から、こうして毎日訓練に付き合っている。
ジルの自由時間は殆ど無い。
「やりたい事は観光くらいだからいつでも出来るしな。今はお嬢の訓練でいい。我も楽しめているからな。」
「あまり私で楽しまないでほしいのですけどね。」
他者に教えてどんどん成長していくのを見るのも面白い物だ。
自分では成長なんて殆ど感じられなくなってしまったので目に見える変化と言うのは新鮮なのだ。
「お嬢様、少し宜しいでしょうか?」
「何でしょうか?」
小走りに近付いてきたメイドの一人がリュシエルに小声で何かを伝えている。
そしてそれを聞いて少し驚いた表情をしている。
「何故このタイミングで?」
「分かりません。ですが屋敷の外にいらしています。」
「そうですか。ジル、すみませんが少し外します。」
リュシエルの表情が険しくなって屋敷の門へと歩いていった。
あまり心良く思っていない客人でも来た様だ。
「アンレローゼよ。」
「何でしょうか?」
「果実水のお代わりを貰おうか。」
そう言って空になった容器を差し出す。
「…あの、気にならないのですか?」
「…何か重大な事なのか?」
聞いて面倒事に巻き込まれるのが嫌だったのでスルーしようと思ったのだがそうはいかない様だ。
「おそらく隣国の貴族の使いの者かと。定期的にシャルルメルト公爵家に来ていましたので。」
「貴族同士の関わりか。公爵家と懇意にしたい者なんて幾らでもいるだろうしな。」
爵位の高い貴族と繋がりを作っておくのはとても重要だ。
何かの際に役に立つ事が多いので覚えてもらいたい者は幾らでもいる。
そう言った者が自国だけに留まらず隣国にまでいるらしい。
「それもありますが目的はもっと深い関係…、これ以上はお嬢様からお聞き下さい。」
一番肝心な情報は話してくれない様だ。
代わりに果実水のお代わりを注いでくれる。
「そこまで話して止めるのか?」
「私の口からお話しする事ではありませんから。」
「ちなみに聞いておく。我は面倒事が嫌いだ。それは我に降り掛かる面倒事になり得るか?」
もしなり得るのであればリュシエルが戻ってきても聞きたくは無い。
話しは少し気になるが貴族同士の面倒事程関わりたくないものはない。
「どうでしょう?貴族同士の問題なのでジル様の迷惑にはならないと思いますが。」
そう言いながら明後日の方向を見ている。
こんなに近くにいるのにジルと目が全く合わない。
「そう思うなら何故目を逸らす?」
その行動が既に物語っていると言える。
首を突っ込めば確実に面倒事に発展しそうな雰囲気だ。
「あ、リュシエルお嬢様がお戻りになりましたよ。」
「おい、アンレローゼ。お前明らかに何かを隠していないか?」
「不確定要素のある情報は秘匿する主義なので。」
それ以上は何を言ってもはぐらかされるだけだったので諦めてリュシエルが戻ってくるのを待つ事にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます