元魔王様と王城襲撃 10.5

 かなり広い空間、しかしそこは夜でもないのに暗闇に包まれており、ポツポツと距離を開けて置かれている松明が不気味に室内を照らしていた。

そこには黒いフードを目深に被った者達が集まっている。


「ちょっと!手の込んだ仕込みまでして全部失敗ってどう言う事よ!」


 女性がそこにいる他の黒フード達に向けて文句を言う。


「俺に当たるんじゃねえ。俺は言われた事はしたぜ?」


「じゃあ何で失敗してるのよ!」


「知るか、現場の駒がヘマしたんだろ。」


 自分に文句を言うなとばかりに魔族の男が不機嫌そうに言う。

女性と同じで進行していた作戦が全て失敗に終わって機嫌が悪い。


「まあまあ、二人共落ち着いて下さい。」


「「黙って(ろ)!」」


「…そこまで言わなくても。」


 宥めようとした男が二人に辛辣な態度で当たられて少し悲しそうにする。

しかしこの程度でこの男が落ち込む訳は無いので二人は気にしない。


「そもそも貴方がどちらの任務にも携わっていた筈よね?ちゃんと呪いの装備を付けさせたのかしら?」


「それはもうバッチリですよ。ハイエルフも王女も呪いによって命を散らす寸前でした。」


 ジルが万能薬を渡して治した呪いだが、それをもたらした犯人はこの黒フードの男だった。

実際に万能薬が無ければどちらも命を落としていた可能性が非常に高い。


「それでは何故失敗しているのかしら?私の秘蔵っ子のモスちゃんまで投入したと言うのに。」


 女性は自分の貴重な従魔が失われて苛立たし気に言う。

モスちゃんとはエルフの里に現れてジルとエルミネルに討伐されたギガントモスの事だ。


「俺の方もだ。わざわざ人族の使用人に乗り移ってまでお前の小細工を手伝ってやったんだぞ?」


 魔族の男は他者の身体に乗り移る能力を使って貴族の家に侵入。

男の要望通りに王族に呪いのアクセサリーを渡す手助けをした。


「そんなに文句ばかり言わないで下さいよ。私だって想定外だったんですから。」


 男としても全ての作戦が失敗に終わるのは予想外だった。

そしてこんなに仲間達に責められて思わず目元に手を持っていくが、下手な嘘泣きだと皆にはバレている。


「イレギュラーでござったか?偶然にしてはよく会うでござるな。」


 特徴的な口調の男が呟く。

魔の森で仲間達がジルに全滅させられそうなところを間一髪で救った人物である。


「だからイレギュラーと呼んでいるのですよ。まさか強化薬による強襲の場にまで居合わせるとは驚きです。」


 王女の呪殺が失敗したので予備の作戦を進めていたのだが、これまた王城にいたジルやラブリートのせいで作戦が失敗に終わった。


「事前に調べておけや。」


「私も忙しいのですよ。勘の良いイレギュラーの周りを調べるのは骨が折れますし、一々現場に向かっている暇も無いのです。」


 セダンの街で執事として潜入していた頃は、離れた場所から観察していただけで気付かれた事がある。

あれ以降ジルの近辺で探りを入れる行為は控えている。


「そんな事言っても失敗してたら意味無いじゃない。」


「どちらも成功してくれれば今後動きやすくなる程度の作戦ですよ。王女を乗っ取って王族の立場を利用したり、エルフの里を滅ぼして強化薬の素材になる世界樹の素材を回収しやすくしたりとね。」


 どちらも野望への近道でしかない。

失敗しても別の作戦や仕入ルートを確保してあれば問題は無いのだ。


 今回の件で王族と完全に敵対した国王の兄であるデレム公爵とは、国王の座を奪取する手伝いをする代わりに資金を提供してもらう形で協力関係となっていた。


 しかし生誕祭に乗じた作戦は失敗に終わり、デレム公爵はジャミール王国で指名手配となったので、金や伝手を利用して隣国に逃げ延びていた。

生きてさえいればまたチャンスはあると機会を伺っているのだ。


「デレム公爵との協力関係もまだ切れていません。なので資金提供は引き続き行ってくれるでしょう。」


「その点だけは優秀よね。さすがは腐っても元王族だわ。」


「絞れるだけ絞らせてもらう予定です。」


 国王になる為の協力はするがそれが成功しても失敗してもこの者達にとってはどうでもいい些細な事であった。

金があるから利用している、ただそれだけの存在である。


「里の襲撃が失敗となり、自分のいる意味が無くなってしまったな。」


 そう呟くのはフードを被った別の女性だ。

フードからでも種族を示す特徴的な長耳が目立つ。

この女性はエルフであった。


「そんな事はありませんよ。戦力として非常に期待していますから。」


「と言うかエルフの里に入れるんだから直接叩きに言った方が早くない?」


 エルフがいればエルフの里への入り口を開く事が出来る。

ジルの時の様に別の種族を同行者とする事も可能だ。


「それは相手を甘く見ています。エルフ族は非常に魔法に優れた一族です。それにハイエルフは別格の強さを持っているとも聞きます。おそらく一対一では私も勝てないでしょう。」


 暗殺者として対人戦ではこの中でも突出した実力を持つ男でも苦戦は免れない。

負けるつもりはないが勝つのも難しいと言うのが男の見解だ。


「それにイレギュラーとやらはエルフの里に出入りした人族だ。またエルフの里に現れないとも限らない。」


「面倒ね本当に。誰か早くイレギュラーの事を殺しなさいよ。」


 自身も魔の森でジルに殺されそうになった事があるので憎々し気に呟く。


「それに関しては少し考えがあります。」


「ほう、言ってみろ。」


「何も自分達の手を汚さずとも他の者に任せれば良いのですよ。イレギュラーを殺せるくらいの実力者に。少し時間は掛かりますけどね。」


 男はジルを殺す方法を考えていると言う。

自分達で殺せないのであれば他者を利用すればいい。


「だったら直ぐに取り掛かってほしいわ。今後も邪魔ばかりされたらたまらないもの。」


「そうですね。危険もありますから慎重に事を進めていきましょうか。」


 黒フードの男はイレギュラーが死ぬ未来を想像して薄らと不気味な笑みを浮かべた。

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