元魔王様と帰還を待っていた者達 8

「さて、次は良い話しだね。と言ってもジル君にとっては悪い話しかもしれないけど。」


「おい、それでは二つ共悪い話しではないか。」


 先程言っていた話しと違う。

結局どちらもジルにとって悪い話しとなりそうだ。


「私からすると良い話しなんだけどね。ジル君は嫌がりそうだから。」


「面倒事か。」


 ジルが溜め息を吐きながら言う。

どうにも今世は面倒事に好かれる人生の様だ。


「まあまあ、先ずは話しを聞いておくれよ。詳しい事情は私も知らないんだけど、トレンフルで王族を助けたらしいね?」


「その件か。ダンジョンでエトと出会って少しな。」


 暇潰しでルルネットと共に潜ったダンジョンに、偶然にも護衛を引き連れた王族が潜っていた。

出会った王族のエトは妹の為に呪いを解呪出来る物を探しており、ルルネットの頼みもあってジルが万能薬を渡してやったのだ。


「確認だけどエトってエトワール殿下の事だよね?」


「ルルネットがそんな事を言っていたな。本人はお忍びだからエトと名乗っていたのだろう。」


 王族があんな場所にいれば誰もが驚愕してしまう。

公衆の面前と言う訳では無いが本人も事を大きくしない様にただのエトと名乗っていた。


「本当に王族を助けていたんだね。王家の印が付いた手紙が届いた時は何事かと思ったけど、ジル君のおかげで王女殿下の呪いが解けたらしいよ。エトワール殿下が感謝の言葉を書き連ねていたよ。」


 そう言ってトゥーリが手紙を差し出してくるので中身を読んでみる。

そこには長々とジルに対する礼や妹が解呪されてからの事が書かれていた。


「またしても我の個人情報が漏れている様だな。」


「エトワール殿下には名乗ったんでしょ?名前と冒険者って事が分かればそれで充分だよ。王家の情報網は貴族よりも数段上なんだからね。」


 それを聞いてジルも納得する。

名乗っていないジルの事を特定して文句を言ってくる貴族がいるくらいなのだから、王族がその程度の事を特定出来無いとも思えない。

名乗っていなくても手紙は普通に届いていただろう。


「それでこのどこが面倒事なんだ?」


 ざっと手紙の内容に目を通したが感謝と近況について書かれているだけである。

特に困る様な事は書かれていない。


「本命はこっちだよ。」


 トゥーリが新たに一枚の手紙を取り出して言う。

どうやら送られてきた手紙は一枚では無かった様だ。


「この手紙は私宛に王家から送られた物なんだけどね、その内容にジル君も関わっているんだ。内容はエトワール殿下の18になる生誕祭のお誘いで、ジル君も是非だってさ。」


 そう言って手紙を渡してくる。

中を見ると確かにトゥーリが言う様な事が書かれている。


「断る。」


「だよね~。」


 トゥーリは困った表情をしながらも分かっていたと言わんばかりに頷いている。


「手紙を見てジル君の返答は予想出来たよ。絶対断るだろうなってね。普通の貴族からの誘いなら私の方で何とかしてあげられるんだけど、さすがに王族の誘いを無碍にするのは難しいんだよね。」


 トゥーリの言わんとしている事は分かる。

この国のトップである王族からの誘いをジルが蹴れば、その領民が住むトゥーリの心象も少なからず悪くなるだろう。

それに平民一人満足に動かせない貴族として嫌な噂が流される可能性だってある。


「我にとっては王族も貴族も平民も変わらん。面倒事に関わるつもりは無い。」


 ジルとしては参加するつもりは無い。

口にはしないがそう言った面倒事に巻き込まれるからこそ、ダンジョンでの一件にも下手に干渉したくなかったのである。


「うんうん、ジル君とのやり取りも多いから理解しているよ。だから私は穏便に済ませる為に君を説得する事にしたんだ。」


「ほう、我が満足出来る物を提示出来ると?」


 トゥーリの言葉にジルが面白そうに笑みを浮かべる。

こんな面倒事余程の対価がなければ頷く気は無い。

それだけの物をトゥーリが出せるのか見ものである。


「それじゃあ説得開始だね。先ず前提として殿下の生誕祭だから、それはそれは豪華な料理が大量に並ぶだろうね。」


 ジルが食に目がないのはトゥーリも把握している。

王族が食べる様な豪華な料理に出会えるとなれば、ジルもそれなりに興味を示してくれる筈だ。


「…強力な切り札だな、危うく首を縦に振り掛けたぞ。」


「…様子見くらいだったんだけど本当に食べる事が好きなんだね。」


 案外簡単に了承しそうなジルを見てトゥーリは拍子抜けであった。


「気を取り直して、次はジル君から私に貸し一つだ。私に叶えられそうな事なら何でも聞いてあげるよ。」


「ふむ、貴族は貸しを作られるのが好きだな。だが悪く無い。」


 トレンフルと違って普段から住んでいるセダンの街の領主であるトゥーリに貸しを作れるのは便利だ。

実は機会を見計らってトゥーリに頼み事があったので、是非その時に活用させてもらいたい。


「最後に金銭だね。ジル君は護衛として連れていく事になるから、護衛料は期待して良いよ。」


「Sランク並の報酬は欲しいところだな。」


 どれくらい貰えるか分からないが、ギルドで出される報酬の最高ラインは貰いたいところだ。

そうでもしてくれないと首が縦に動かない。


「今や商会長でもある私はそれなりにお金を持っているからね。その数倍は出してあげるよ。」


「領主の頼みとあっては領民として断れんな。護衛として生誕祭に付き合うとしよう。」


 トゥーリの発言を聞いてジルは直ぐに態度を変えた。


「うんうん、ジル君なら受けてくれると思ったよ。まだ先の話しだから、近くなったらまた話そうね。」


 双方納得のいく形で話し合いが纏まった。

ジルは美味しい料理と高額報酬に喜び、トゥーリは王族の誘い通りに無事にジルを連れて行ける事に喜んだ。

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