元魔王様と解呪の秘薬 5

 何故かルルネットは冷や汗を流しており、身体を小刻みに震えさせながらこちらを向いた顔が小さく横に振られている。

何か恐ろしい物でも見た様な反応だ。


「ルルネット、どうかしたのか?」


「で、ででででっ…。」


「おお、ルルネットと言えばトレンフルの令嬢か!」


 ルルネットの様子がおかしくなっており、何かを言い掛けたところでエトがルルネットが貴族である事に気付く。

そして名前を呼ばれたルルネットはビクリと身体を震わせる。


「トレンフルのダンジョンなのだからいてもおかしくは無いか。だがその歳でこの階層まで潜れるとは、優秀な護衛を付けているとは言え大したものだ。」


 エトはジルにも視線を向けながら何度か頷いている。

二人の実力の高さを誉めてくれている。


「あわわわ、そそそそんなお言葉、とても恐れ多い事でございますですわ。」


「ルルネット、先程から様子がおかしいぞ?」


 エトの賛辞の言葉にルルネットの様子は益々おかしくなり、口調もよく分からない事になっている。


「おおおおかしいってそんなの…。」


「まあ待てルルネット嬢、ここでは身分なんて堅苦しい物は無しだ。ダンジョンを探索すると言う事で頼む。」


 エトがルルネットの言葉を遮って意味深な台詞を告げる。

その言い回しから身分があるのは確定したが、ルルネットの様子がこれ程おかしくなるとは相当身分が高いのかもしれない。


「…分かりまし…、コホン、分かったわエトさん。」


 ルルネットが覚悟を決めた様に言い掛けた言葉を改めて名前を呼ぶとエトは満足そうに頷いている。

だがその後エトに見えない様にジルに振り向いたルルネットの表情は、困った様な祈る様な怒っている様な複雑な表情をしていた。


 ルルネットの心情としては余計な事や失礼な事を言うなと思っているのだが、そんな願いは残念ながらジルには届かない。


「護衛の君も気軽にエトと呼んでくれ。」


「ああ、我はジルだ。」


 頷きながらこちらも名を名乗る。

ジルは相手が貴族であっても下手に出る様な事は無い。

どんな相手であっても対等に接しようとするのは魔王時代から変わっていない。


「ジルか、改めて仲間を救ってくれた事に感謝を。」


「気にするな、成り行きだ。」


 エトが手を差し出してきたので握手に応じながらそう答える。

ジルには見えていないが後ろではルルネットが頭を抱えていた。


 そんなやり取りの間にソートがジルの渡したポーションを使用して二人の傷と麻痺毒を癒した。

流した血までは戻らないので少し武闘家を休ませてから出発する様だ。


「パーティーは復活したがダンジョンから帰れるのか?」


 それなりに戦闘は出来そうなパーティーに見えるが先程の様な事が帰り道にも起こる可能性はある。

そうなった時に今度こそ全滅の危険がある。


「魔物の群れに囲まれたのは不運だったが、あんな事は滅多に起こらないから運頼みだな。それにまだ帰る訳にもいかないのだ。」


 怪我をした仲間達を痛々しそうに見ながらもエトが言う。

引き返す訳にはいかない確固たる意志を持っている様子だ。


「ポーションが尽きたと聞いたが?」


 予備の回復手段が無くなり、ヒーラーに頼り切りになるのは危険だ。

もしヒーラーが先に行動不能にさせられたら、待っているのはパーティーの壊滅だろう。

そうならない為に急いで出口を目指すべきである。


「ああ、尽きている。だがダンジョンに来た目的をまだ果たしていないのだ。」


「仲間を危険に晒してるんだぞ?引き返すのが賢明だと思うが?」


 目的は知らないが自分達の命を危険に晒してまで果たそうとするとは相当な事なのだろう。

だがそれは自殺行為でもあり、ダンジョンに潜る者達から言えば無謀な行いだ。


「ジルの言う事も分かってはいるのだ。私自身も悩んだうえで出した答えだからな。だが仲間達も目的の為に危険を顧みず付いてきてくれた。そして最後までやり遂げようと今も尚付いてきてくれているのだ。」


 エトの言葉に騎士のソートとヒーラーの女性が頷いている。

武闘家の男性は床に寝かせられているので、片腕をあげてグッドサインをして答える。


「ふむ、それだけ重要な目的と言う事か。」


「うむ、私の最愛の妹の命に関わる事だからな。時間も無いし戻っている時間が惜しいのだ。」


 エトが真剣な表示で呟く。

ジルの後方ではその言葉を聞いて密かにルルネットが息を呑んでいた。


「命に関わる?ポーションの類では駄目なのか?」


 傷や毒であればジルが先程渡した様なポーションで回復させられる。

更に高位のポーションであれば、その効果も比例して大きくなる。


「原因は呪いだから通常のポーションは効かん。どこぞで手に入れたアクセサリーが呪いを与える効果を持っていてな。解呪の手段を求めて八方手を尽くしていて、私はダンジョンに来ていると言う訳だ。」


 エトがダンジョンを選んだ理由は、宝箱から出る魔法道具や魔物の珍しい素材等から解呪に関する物が出るかもしれないからだ。

ピンポイントで狙った物を出すのは難しいが、可能性が無いとも言えないのがダンジョンである。


「神聖魔法の使い手は近くにいなかったのか?」


 呪いと聞いて一番最初にジルが気になった事を尋ねた。

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