元魔王様と港町トレンフル 2

 応接室の中に入ると部屋の装飾が綺麗な貝や鱗で彩られていた。

海辺のギルドらしい装飾である。


「失礼します。」


 少しするとノックと共に声が聞こえてきた。

先程の受付嬢がもう一人の女性を引き連れて中に入ってくる。

程良く日焼けした肌の色に似たブラウンカラーの髪を揺らした美人である。


「初めまして、私がトレンフルの冒険者ギルドのギルドマスターをしているサザナギです。」


 ジル達の対面のソファーに腰を下ろして自己紹介する。

こちらもそれに続いて自己紹介しておく。


「手紙は拝見させてもらいました。随分と評価の高い冒険者の様ですね。」


 サザナギがそう言って中身を確認した手紙をテーブルに置く。

その間に受付嬢がお茶を入れて皆に配ってくれる。


「なんて書かれているのかは知らないけどな。」


「そうなんですか?手紙にはSランクに匹敵するDランク冒険者と書かれていましたよ。」


「ゴホッゴホッ!」


 サザナギの言葉を聞いて隣りでお茶を飲んでいたナキナがむせている。


「お隣りの鬼人族の女性もかなり腕が立つらしいですね。ギルドとしては優秀な冒険者は大歓迎です。」


 異種族と言う事で偏見を持つ人族もいたりするのだが、それは貴族に多い傾向にある。

冒険者は依頼によっては他の者と共に行動する事も多いので、異種族だからと一々気にしてはいられない。

なので偏見を持つ者は少なく、実力重視の者の方が多い。


「歓迎してくれるのは有り難いが、見合う働きをするとは限らないぞ?」


「その様ですね。ランク止め、強制的な依頼、面倒事等幾つか配慮してほしいと要望が書かれています。それ程にセダンのギルドは貴方を手放したくない様子です。」


 随分と手紙にはジル達に対して配慮した内容が書かれている様だ。

それを聞いてサザナギの後ろに待機していた受付嬢も驚いている。


 これ程一介の冒険者にギルドが肩入れするのは非常に珍しいので驚いているのだろう。

正にSランクやそれに並ぶ待遇の良さである。


「そうしてくれるなら我としても助かるな。」


 面倒事なんて無い方がいいに決まっている。

配慮してくれているのなら存分に甘えるつもりだ。


「手紙の件は把握しました。それと無理難題でなければこちらの要望する依頼を引き受けて下さると言う解釈で間違いはありませんか?」


 サザナギとしては目の前の高ランク冒険者すらも凌ぐジルとこの機会に繋がりを持っておきたいと考えていた。

しかし手紙の内容を考えると他の冒険者と違って依頼をするのは大変そうである。


「気が乗ればな。」


「そうですか、努力させていただきます。」


 ジルの返答を聞いてサザナギは満足そうに頷いている。

即断られないだけでも充分であった。


「ジル殿の評価はそれ程までに高かったのじゃな。」


 ナキナが一連のやり取りを聞いて驚きながら言う。

そう言えばナキナと共にギルドで依頼を受ける機会は少なかった。


 ジルの強さだけならば共に行動していたりシキからの情報で知っていたので疑う事は無い。

しかし他の者から評判を聞く機会はあまり無かったので、Sランク冒険者相当の評価までされているとは思わなかったのだ。


「ギルド側が勝手に判断しただけだ。」


 今までの依頼もジルとしては自分なりに普通にやってきたつもりだ。

人族としては並外れた力を持っている様だが、前世の頃を考えると遥かに能力は落ち着いた。


「これ程の配慮は珍しいですけどね。」


「そうなのか?」


「ええ、それこそSランク冒険者くらいで無ければ、これ程配慮する事はありません。隔絶した強さを持つ方々には多少の無理を聞いてでもギルドに滞在してほしいですから。」


 Sランクの冒険者は有事の際の貴重な国の戦力だ。

文字通り格が違う実力者達は、個で戦況をひっくり返す実力を有しているので、待遇を良くしてまで配慮するのも当然である。


「そのSランクと同等の扱いとは、さすがはジル殿じゃのう。」


「ジル様なら当然なのです。」


 ジルを褒められてシキが自分の事の様に得意気になっている。

契約主を褒められるのは自分が褒められるくらいに嬉しい事なのである。


「ちなみに滞在予定はどのくらいなのですか?」


 ジルが滞在すればする程、サザナギとしては接触出来るチャンスがあると言う事になるので気になる。


「一ヶ月くらいを予定している。」


「そうですか、であれば何度かギルドを利用していただけるのですね。」


 それを聞いてニコニコと笑みを浮かべてサザナギが言う。

ギルドカードを没収されない様にする為にトレンフルのギルドで依頼を受ける必要がある。

その時にサザナギに依頼を頼まれる事もあるかもしれない。


「面倒だと感じたらやらないからな?」


「分かっていますよ。」


 ジルが念押しする様に言うとサザナギが笑みを浮かべながら頷いていた。

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