元魔王様とシキの契約者 10

 ミラの説明を聞くと演習場にいた者達の反応も納得である。


「成る程、有名人がきた故の反応か。」


「ジルさん、早速始めましょう。」


 ブリジットが遠くの方から声を掛けてくる。

早く始めたくてウズウズしている様子だ。


「ではいってくる。」


 ミラに言い残してブリジットの方に歩いていく。


「有名人はジルさんもなんですけどね。」


 ミラが小さな声で呟いた言葉はジルには届いていなかった。

ブリジットがそれなりに大きな声で呼んだ事により、演習場にいたギルドの試験官達や一部の冒険者がジルに気付いた。


 そして気が付いた者達は少し震えながらジルを見て怯えていた。

実際にランク選定試験に居合わせた者達がその実力を目の当たりにしてトラウマとなっているのだ。


「風の姫騎士は分かるけど、誰だあの男?」


「弱そうな見た目してるけど、騎士様と戦うみたいだぞ。」


「おいおい、相手になるのか?」


 演習場で訓練していた冒険者達がジルとブリジットの方を見て色々言っている。

ジルの事を知らずに見た目だけで判断して侮っているのがよく分かる。


「お前らは知らない様だな。あの冒険者は只者じゃ無い、試験官クラッシャーだ。」


 ジルにやられた事がある試験官の一人が呟く。

その言葉に同意する様に周りの試験官達が頷いている。


「試験官クラッシャーってなんですか?」


 ジルを知らない冒険者の一人が試験官に尋ねる。

不穏な響きに警戒している者もいる。


「あいつは全ての試験官を相手にランク選定試験を行なった大型新人でな。ボロボロにされた我々は試験官クラッシャーと呼んでいる。」


 試験官達の間で勝手にあだ名を付けられているが、ランク選定試験の時の戦闘がそれ程のトラウマとなっているのだ。

そしてそれを聞いた冒険者達が本当にそんなに凄いのかと疑問に思いながらジルとブリジットの方に視線を向ける。

これから戦うみたいなのでそれが真実なのかはっきりする。


「早速始めたいのですが、準備は宜しいですか?」


 腰に下げていた剣を抜きながらブリジットが尋ねてくる。

武器は細剣、別名レイピアと呼ばれる剣だ。

斬る事よりも刺突に特化した武器である。


「ああ、我はいつでも問題無いぞ。」


 自然体で構えたジルが応える。

腰にはジルの主力武器とも言える銀月を携えているがまだ鞘の中だ。


 食後の運動という体なので、最初から全力でとばさなくても文句は言われないだろう。

シキやライムは二人の戦いに巻き込まれない様にミラのところまで避難している。


「では、参ります!」


 ブリジットは開始を宣言すると同時に地面を蹴る。

その動きは予想よりも遥かに速い。

そこらの冒険者達とは比べ物にならないだろう。


 周りで見ている冒険者や試験官もブリジットの素早い動きに驚いている。

有名であり二つ名を知っていたとしても実際の戦闘を見た事のある者は少ないのかもしれない。


「ふっ!」


 ジルとの距離を詰めて細剣による連続の刺突を放ってくる。

その動きを冷静に見切って回避していく。

一つ一つの攻撃は速いが反応出来無い程ではない。


「さすがの実力ですね。これくらいでは本気も引き出せませんか。」


 ジルは回避に徹しているだけで、まだ武器も抜いていない。

本気を出していないのは明らかである。


「準備運動だ、ブリジットも本気では無いのだろう?」


「無論です!」


 にこりと笑いながらジルの言葉を肯定する。

そして急激にブリジットの動きが加速していく。

細剣による刺突攻撃やジルの回避行動に反応する一挙手一投足全ての速度が加速しているのである。


「スキルによる強化か。」


 戦いながら万能鑑定でブリジットを視る。

ブリジットは風の鎧と言うスキルを所持していた。

これは身体に風を纏い、攻防を強化するスキルである。


「ご名答です。」


 加速した攻撃は凄まじく、さすがに回避が難しくなってきた。

そしてついに攻撃を受けてしまいそうになったので、銀月を抜いて細剣を弾き返す。


「やっと武器を抜いて下さいましたね。美しい剣です。」


 キラキラと輝く美しい刀身を間近で見てブリジットが誉めてくれる。

ダナンは良い仕事をしてくれたのでその意見には同意である。


「美しいだけでは無いけどな。」


 銀月を振るって初めて攻撃に転じる。

ブリジットに負けず劣らずの速い攻撃だ。

ジルの高い実力はブリジットの風の鎧を使用した状態にも迫る速さだ。


 しかし攻撃は細剣で受けられてしまった。

互いの武器が激しくぶつかり合い、甲高い金属音が演習場に響き渡る。


「速く鋭い一撃ですね。」


 細剣で銀月を受け止めたブリジットが言う。

刺突に特化した細い剣なので、受け止めたりすれば普通は折れてしまう。


 しかし銀月を受け止めた細剣にはヒビ一つ入っていない。

風の鎧に加えて魔装も使っており、防御力を飛躍的に高めたのだ。

そして銀月と切り結べる細剣自体もかなりの業物の様だ。


「そのスキルも厄介だな。」


「ふふふ、お褒めに預かり光栄です。」


 風の鎧のスキルは行動の加速だけで無く、纏った風が敵の攻撃を受け止め、威力や速度の減衰もしている。

銀月で斬り付けた時に若干の抵抗感を感じたのだが、それはスキルによる効果だった。

それによりジルの攻撃が綺麗に防がれてしまったのだ。


「ファイアアロー!」


「っ!?」


 至近距離で斬り結んでいる状態を利用して、ジルは無詠唱の火魔法を使用した。

周りに無数の火矢が浮かび現れており、至近距離で受ければ初級火魔法と言えどかなりのダメージを受けてしまう。

それを見たブリジットは堪らずジルから距離を取った。

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