元魔王様と最強のメイド達 8

 ようやく感謝の行列から解放され、ジルが一人で酒を楽しんでいるとナキナが歩み寄ってきた。


「楽しんでおるかのう?」


「まあな。」


「それはよかったのじゃ。」


 ナキナはジルの横に座る。

そして持っていた木製のコップを傾けて酒をグビグビと呑んでいく。


「そんなに飲んで大丈夫か?」


「この程度で酔いはせん!」


 そう言って再び酒を呑む。

顔が普段よりも赤くなっているので、一応酔ってはいる様だが意識ははっきりとしてそうだ。


「ジル殿、改めて此度は本当に世話になったのじゃ。」


 酒を呑み終わるや否や、ナキナが頭を下げてくる。

既にナキナからは何度も感謝はされている。


「またそれか、もう何度も聞いている。」


「いや、感謝しても仕切れぬ。ジル殿達がいなければ、お婆様の予知は現実となっていた筈じゃからな。」


 ハガンが魔族に憑依されている事にも気付けず、オーガキングを筆頭としたオーガの軍勢を相手取る事も出来ず、鬼人族は滅ぼされていただろう。

今自分達が生きているのは、ジル達のおかげだと心の底から思っているのだ。


「鬼人族の滅亡か。聞く話しによると狙いはナキナとキクナだったらしいな。何か思い当たる事はあるのか?」


 ジルが洞窟で聞いたフードの男の発言や仲間達が見聞きした魔族の行動から、狙いは分かっている。


「うーむ、人族に狙われる理由は分かるが魔族となるとのう。天使達と戦う戦力補充ではないかのう?」


 現魔王は魔族の殲滅を世界に宣言した天使族と戦争する気である。

既に規模はまちまちだが、争いは至るところで起きている。

天使族は人族と魔族を滅ぼす協力関係にあるので、魔族側からすれば戦闘用の人員は幾らでも欲しいのだろう。


「ナキナは戦闘、キクナは予知か。確かにお前達を欲しがる連中は多そうだな。」


 戦闘能力が元々高い種族の中でも突出した力を持つナキナ。

近い未来に身の回りで起こる出来事を予知するスキルを持つキクナ。

どちらも手元に置いておきたいと誰もが思う程に優秀な人材と言える。


「あまり物の様に見られるのは好かんがのう。妾は少し強いだけじゃが、お婆様のスキルを考慮すると、我々は誰にも加担せずこの森で生きていく事が性に合っておる。」


 ナキナの実力もかなりのものだが、キクナのスキルと比べてしまうとやはり重要度では見劣りしてしまうだろう。

キクナのスキルを利用すれば、自分達にとって最善の未来を選び続けると言った事も可能となるかもしれない。


「お前達が決めた事ならば口出しはしない。」


 これは種族の問題であり、ジルが口を出していい事では無い。


「お婆様も仕えるのは、生涯であの方だけと言っておったしのう。」


「あの方とは?」


 その答えは当然分かっているが、ジルの正体を知らないナキナの前では一応聞いておく。


「魔王様じゃよ。今代のでは無いぞ。元魔王ジークルード・フィーデン様じゃ。」


「成る程な。」


 想像通りの返答である。

やはりジルの前世、魔王ジークルード・フィーデンの事だった。


「なんじゃ?あまり驚かないんじゃな?人族にとっては恐怖の象徴と聞いておったが。」


 人族の間では歴史が経つに連れて実際の事実とは随分異なる内容として伝わっていた。

人族に対して大規模な虐殺等を自らした事は一度も無かったのだが、人族の間では恐怖の象徴として伝わっていたのだ。


 なので大半の人族ならば、よほどの物好きを除いて大体魔王に対して嫌悪感や恐怖を憶えるのだ。

それだけ人族に伝わる魔王の印象は悪い。


「実際に会った訳でも無いしな。」


「それは妾も同じじゃな。話しではよく聞かされておったから、一度お会いしたかったのう。」


 残念ながら叶わぬ夢だと言ってナキナは酒を呑んでいる。

本当は目の前にいるのだがそれは言えない。

そもそも言っても信じられないだろう。


「明日旅立つらしいのう?」


「ああ、少し長居しすぎた。」


 一応今回はオークの依頼と言う体で来ている。

しかし本命はコカトリス狩りであり、終えて帰ろうとしたところで鬼人族の問題に関わった形だ。


 依頼の報告期限には余裕があるものの、またハプニングが起こる可能性を考慮すると、時間は余分に残しておきたいと思ったのだ。


「もう少しもてなしたいところじゃが、無理強いは出来んな。」


 ナキナは立ち上がりジルを正面から見る。


「また会えた時には、妾はもっと強くなっておる。」


 それは事実となるだろうと予知のスキルを使わなくても理解出来た。

仲間を守る為にナキナはどこまでも強さを追い求める筈だ。


「そしてその時は、その力で此度の恩返しをすると誓おう。」


 そう言ってナキナが手を出してくる。


「我にそんな時がくると思うか?」


 圧倒的な実力やメイドゴーレム達と言う戦力をジルは見せている。

更に無限倉庫の中には封印済みの規格外な魔法道具が多数存在し、未だ見せていない魔法も数多く存在しているのだ。


「一人ではどうにもならない事はある。実際に妾が経験してきた事じゃ。そう言った時の為に頼れる者は増やしておいて損は無いぞ?」


 ナキナは強さを求めてきた。

それはどんな脅威からも仲間達を守れる様にだ。

だが一人で全てを守る事が無理だと気付くのに時間は掛からなかった。


 なので自分だけでなんとかしようとせず、ハガンや仲間達の力も頼って共に強くなってきたのだ。

協力して仲間達を守る為に。


「ふっ、分かっている。」


「ならばこの手を握っておくとよい。我々鬼人族の盟友としてな。」


 そう言われてしまっては断る事は出来無い。

ジルが握手に応じるとナキナは、とても嬉しそうな表情を浮かべていた。

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