元魔王様と暗躍する謎の集団 12

 勇気を振り絞ったシキがハガンを見上げる。


「あ?なんか言ったか?」


「そ、そんな事は無いと言ったのです!シキは信じているのです!ずっとずっとずっと、信じているのです!」


 怖いと言う気持ちはどんどん大きくなってきている。

しかしそれよりもジルを侮辱する発言を許せない気持ちの方がずっと大きかった。


「尊敬して、大好きで、一緒にいたくて、楽しくて、驚きをくれて、想像を超えてきてくれて、シキの長い精霊生に沢山の色を塗ってくれたジル様は、最強で最高の人族なのです!」


 魔王時代に一緒にいた時間は2年と短かった。

シキは長命種な精霊なので何百年と生きている。

だがそのたった2年が、長い長い生きてきた時間の中で最も色濃くて充実した時間だった。


 魔王ジークルード・フィーデンと一緒にいると全く退屈する事が無かった。

そんな魔王を慕って集まった者達と過ごす毎日が面白おかしくて大好きだった。


 危険な事も多かったが戦う力を持たないシキを魔王や仲間達は必ず助けて守ってくれた。

シキも膨大な知識を活かして仲間達の役に立てるのが嬉しかった。


 そんな夢の様な楽しかった時間が転生したジルと共にいれば、またこれからも続いていくのだ。

ジルが助けてくれなかったり負けてしまうなんて事は、シキにとってはあり得ない事なのである。


「てめえの想いなんて知った事じゃねえんだよ。これから起こる事は決まってんだ。お前も巫女も姫も全員俺に捕まる。んで残った鬼人族はオーガに皆殺しにされる。それが決定事項なんだよ。」


 鬼人族最高戦力のナキナは、不意をつかれて重症で倒れてしまっている。

ジルと共に調査に出た鬼人族達も、ギリギリ戦線を保ち死者は出していない。


 しかし一人また一人と倒れていっており、仲間を庇うのも限界と言った様子だ。

いつ戦線が崩れてオーガによる蹂躙が行われても不思議では無い。


「シキは信じているのです!」


 そんな絶望的な状況でもジルさえ現れれば覆る。

そしてジルが自分達を見捨てる訳が無いとシキは信じて疑っていない。


「…かはっ。逃げるんじゃ、シキ殿…。お前達も…。」


 ナキナは吐血しながら必死にシキに向けて言う。

自分も酷い重症であるのにナキナはシキや必死に戦う鬼人族達の心配ばかりしている。

これ以上同胞や仲間達を奪われるのは嫌なのだ。


 再び奴隷狩りなんて事が行われても皆を守れる様に強さを手に入れたのに、倒れて見ている事しか出来無い自分の不甲斐無さに涙が溢れる。


「逃げないのです。シキにはジル様が付いているのです!」


 ナキナの忠告を受けてもシキの態度は変わらない。

恐怖もだんだんと無くなっていき、今は真正面からハガンを睨んでいる。


「あー、そうかよ。せいぜい高値で捌いてやるぜ。」


 ハガンはニヤリと笑みを浮かべてシキに手を伸ばす。

自分に迫る大きな手を見てもシキは逃げる素振りすら見せない。

そしてあと少しで捕まると言う時、それは起きた。


 突然洞窟の入り口があった場所から爆音が轟く。

その直後にフードの男が土魔法によって塞いだ洞窟の岩壁が砕け散り、岩の破片が辺りに激しく散乱する。


「ちっ!」


 ハガンも破片に当たりそうになり、魔法道具の指輪に魔力を流す。

すると障壁の様な物が展開されて飛んできた破片を防いだ。


 シキは小さいので当たらなかったが、オーガの何体かは飛んできた破片を受けて傷を負っている。

そして奇跡的にもナキナや鬼人族達には当たっていない。


「一体何が起こりやがった!」


 ハガンは破片が飛んできた洞窟の方を見る。

だが土煙りが巻き起こっていてよく見えない。

そんな土煙りの中から次々と土人形が吹き飛んできて、オーガに激しくぶつかって粉々に砕けながら倒していく。


「封鎖されていた入り口の破壊、並びに邪魔者の排除完了しました。」


 土煙りの中からそんな声が聞こえてくる。

無機質な声ではあるが、どちらかと言えば女性と思われる。


「ジル様…じゃないのです?」


 聞こえてくる声は明らかに主人であるジルの声では無い。


「肯定します。私はマスターに遣わされたにすぎません。」


 いまだに土煙りで姿の見えない人物がシキの問いに返答する。


「何者だてめえ!」


 ハガンは突然現れた者に向かって威嚇する様に言う。

集落を訪れてきた人族はジルの他にはいない。

そのジルを洞窟に閉じ込めたのがフードの男だ。

他に誰か洞窟にいたのならば先程報告している筈である。


 実力だけは認めているフードの男の目を掻い潜って洞窟に潜んでいたとも考えにくいので、どうやって洞窟に入ったのかも分からない。


「何者とは、私に言っているのでしょうか?」


 徐々に土煙りが晴れていき声の人物の姿が現れてくる。

それは血を流して戦いあっているこの戦場には最も似合わない姿と言ってもいいメイド服を身に付けていた。


 それだけで無く身の丈を上回る程の巨大なハンマーを片手で持っている。

普通のメイドで無いのは明らかである。


 メイドはその巨大なハンマーを地面に下ろす。

それだけで地面が凹み、周囲の地面を揺らしている事から相当な重量である事が分かる。


「私はマスターの忠実なるメイドゴーレム、タイプBと申します。短い間ですがどうぞ宜しくお願い致します。」


 そう言ってメイド姿のタイプBは、両手でスカートの裾を少しだけ持ち上げて、ゴーレムとは思えない優雅なお辞儀をするのだった。

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