元魔王様と鬼人族の巫女 7
突然キクナの口から放たれた言葉に、ジルやシキは驚いていた。
前世で何百回、何千回聞いたか分からない単語だ。
しかし今世で言われたのは、シキを含めて二人目である。
「まさかここでその言葉を聞くとは思わなかったぞ。」
一先ずこのままでは話しづらいのでキクナに頭を上げさせる。
「やはり魔王様でしたか。私の直感も馬鹿に出来無いものです。」
当たっていた事にホッとしている様だ。
「確信があって聞いた訳ではないのか?」
「五分五分と言ったところでした。」
キクナ自身も半信半疑だったらしい。
それでも可能性はあった様だ。
「前世で会った事があったか?」
ジルにはキクナと出会った記憶が無い。
それは仕方の無い事なのだ。
魔王ジークルード・フィーデンだった頃に納めていた魔国フュデスは、世界的に見ても大国と言われる程の国だった。
人族と争いが絶えない魔族の大半はこの国で暮らしており、異種族の移民も多かった。
人族の奴隷狩りから逃れる様に庇護を求めて多種多様な種族が魔国フュデスに訪れた。
そうなると国の民は日に日に増大していき、全てを把握する事など出来る筈が無かった。
なので個人個人の事を一々覚えていられないのだ。
「魔王様が存じ上げていないのも当然です。会った事があるのは一度きりで、私は名乗ってすらいませんので。」
キクナは覚えられていなかった事に対して何も思っていない様で、ジルは少しホッとした。
シキ程物覚えがいい訳では無いが、直々の配下達くらいは覚えているつもりだったのだ。
「となると鬼人族の一団にいた者か。」
庇護を求めてきた種族の中には鬼人族も何組かいた。
その内のどれかにキクナがいたのだろう。
「左様です。魔王様に庇護を求めたのは、その時に鬼人族の長を務めていた私の父ドクナです。」
さすがに庇護を求めてきた代表者の名前くらいはジルも覚えている。
「ドクナか、懐かしい名だ。」
ジルは転生前を思い浮かべながら言う。
ドクナと言う者は、魔王軍の優秀な兵として活躍していたと記憶している。
鬼人族は近接戦闘能力が非常に高いので、戦いで活躍していた事はよく覚えている。
「まさか覚えていただいているとは、父も喜んでいる事でしょう。」
キクナは自分の事の様に嬉しそうに言う。
しかしその言い方だと生きてはいない様だ。
「と言う事は。」
「はい、数年前に種族を守る為に戦死しました。」
数年前となると人族による奴隷狩りの可能性が高い。
だがドクナの死に場所に関しては納得のいくものだった。
「そうか、惜しい者を亡くしたな。」
ドクナは強いだけで無く、とても仲間想いな性格だった。
何を犠牲にしたとしても同胞は必ず守ると言う志を常に持っている男だった。
魔王である自分の下に庇護を求めてきたのもそれが理由だ。
戦死したのも同胞を一人でも多く逃す為に最後まで戦い抜いた結果だろう。
「それにしても一度きりの会合でよく分かったな。今は姿も種族も違うと言うのに。」
暗い雰囲気を変える様に話題を変えて尋ねる。
「たとえ姿形が変わろうと、その本質は変わりません。先程見た瞬間に魔王様だと確信出来ましたので。」
「成る程な。」
見る目に自信があると言うのは確かな様だ。
「見ただけで分かるなんて凄いのです!」
シキはキクナを心の底から褒めている。
召喚したばかりの頃、本人と知らずに魔王自慢をしていた精霊とは大違いである。
「シキよ、お前が一番分からなければならないだろう。期間は短いがどれだけ共にいたと思っている。」
シキとはそれなりに長い付き合いである。
魔王時代は複数の精霊と契約していたが、最初に真契約をした精霊はシキであった。
魔力の肥大化によって孤独になる前までの2年くらいしか一緒にいられなかったが、その期間は毎日共に過ごしていた様なものだ。
「はうっ、なのです。」
シキはジルの言葉にショックを受けたかの様に、胸に手を当てながらよろよろと後ずさっている。
一応その事に関してはシキも気にしていたのだ。
敬愛すべき主人が転生して見た目が変わっていたとは言え、分からなかった自分を恥じていた。
「これではまた転生した時に忘れられているかもしれないな。」
そんな予定は今のところ無いが、ジルはシキを
「こ、今度はちゃんと精霊眼のスキルを使うのです!あの時沢山謝ったので許してほしいのです!」
シキの中ではトラウマとなっている事なので、あまり触れてほしくは無いみたいである。
そして顔を赤くしながらキクナの真似をして、土下座しながら謝っていた。
「そ、そうでした。他にも確信に至る情報があったのでした。」
その様子を見ていたキクナがいたたまれなくなったのか、シキをフォローする様に話題を変えた。
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