元魔王様と鬼人族の巫女 4

 ジル達は鬼人族の姫に招かれて集落の中を進む。


「先ずは自己紹介からじゃな。妾はナキナ・デリモーン。此度の事は本当に助かったのじゃ。」


 そう言って鬼人族の姫であるナキナが頭を下げる。


「ジルだ、こっちはシキでこっちがライム。成り行きだったからな。発見したのも我じゃ無くシキだ。」


「おお!精霊様のお導きと言うやつかもしれんのう。なんにせよ子供達に大事が無くて良かったのじゃ。」


 ナキナはシキにも礼を言っている。

姫と呼ばれていたわりには随分とフレンドリーである。


「それにしても、分かっていたが居心地が悪いな。」


 集落にいるのは当然鬼人族ばかりなので、ジルに対する視線は厳しい。

たまに殺気染みた視線すら感じるので、周囲の警戒に気を抜けない。


「すまんのう。しかし妾も気持ちは分かる故、我慢してもらえぬか?」


 ナキナは申し訳無さそうにジルに言う。

鬼人族が人族に受けた扱いを考えると、そんな態度をしていても咎める事は出来無いのだ。


「そうするしか無いのだろうな。人族がやらかした結果だと聞いた。」


 転生中の出来事なので全く知らなかった事だが、先程シキに聞いて納得している。


「妾も人族全てが悪だとは思っておらぬ。村の者達にもそう思う者は少なからずいるはずじゃ。それでもまだ記憶に新しいのでな。」


 そう言うナキナは色々な感情がごちゃ混ぜになった様な複雑そうな表情をしていた。


「数年前の人族の件なのです?」


「うむ、今思い出しても辛いのじゃ。泣き叫ぶ子供達、次々と倒れていく同胞、連れ去られる者達を黙って見る事しか出来無い己の弱さ。正にこの世の地獄が来たと思った程じゃ。」


 数年前を思い出しながら口から起きた事を呟くたびに、悲しみ、怒り、悔しさと様々な感情が押し寄せてくる。

そして感情が昂った影響で魔力が大きく乱れて荒ぶる。


 可視化出来る程の濃密な魔力がナキナの周りで渦巻いている。

その荒ぶる魔力を見てシキやライム、鬼人族達さえもが怯えている。


「怒りで魔力が荒ぶっているぞ。」


 平然とした様子でジルがナキナに教えてやる。

魔力に悩まされた前世の自分に比べれば随分と可愛いレベルなので、この程度で気圧される事は無い。


「おっと、すまんすまん。ふぅ、妾もまだまだ修行が足りんようじゃな。」


 そう言ってナキナが魔力を抑え、カラカラと笑っている。

魔王の頃のジルとは違い、感情の昂りによって溢れただけなので、魔力の暴走を抑える事は容易だ。


「修行が足りないと言うわりには、随分と強そうだがな。」


 判断材料は魔力だけだが鬼人族だけでは無く、転生してから出会ってきた中でもトップクラスと言える程ナキナは強そうだと感じた。


「まだまだこんなものでは足りんのじゃ。数年で随分と強くなった自覚はあるが、皆を守る為には足らぬ。二度とあんな思いはしたく無いのじゃ。」


 ナキナは人族の奴隷狩りから仲間達を守れなかった事を気にして、ひたすらに強さを求めて今の実力を手にしていた。

再び奴隷狩りがきても誰も失わない様にする為に。


「お姫様は凄いのです!綺麗なだけじゃ無くて、皆を守る為に頑張って強くなろうとするなんて、誰にでも出来る事じゃないのです!」


 シキがそう言ってナキナを褒める。

たった数年でこれ程の域に達するのは並大抵の努力では足りない。

ナキナの覚悟がどれだけのものかよく分かる。


「シキ殿にそう言ってもらえるとは光栄じゃな。」


「シキのご主人様に良く似ているのです!」


 ここで言うご主人様とは、昔の魔王時代の頃の事だ。

魔族の滅亡を阻止する為に強さばかりを求めていた魔王と似ていると言いたいのだろう。


「ご主人様とはジル殿の事かのう?」


「そうなのです!仲間想いで皆を守る為にどこまでも強くなろうと必死に頑張っていたのです!」


 それが神に与えられた使命であり、自分の生きる意味でもあったからだ。

だがその結果残ったのは孤独な余生だったので、少し後悔もしたものだ。


「シキよ、恥ずかしいからあまりそう言う話しはするな。それに人族と一緒にされたくは無いと思うぞ。」


 鬼人族と人族の関係を考えれば、同列に語られたく無いと思う者も多い筈だ。


「あ、ごめんなさいなのです。」


「いやいや、気にしなくていいのじゃ。疎ましく思っておるなら、こんなに楽しげに会話してはおらぬ。」


 しかしナキナは気にしていない様で笑って許してくれた。

ナキナ自身の話しを聞いていると、本人も随分と辛い目に遭ってきた筈だ。


 それなのに人族に対してこんな対応を取れるのは、ナキナの人柄故だろう。


「よ、よかったのです。」


 シキはホッとしたと言わんばかりに溜め息を吐いている。

当然悪気は無く善意のみで語った事だが、相手にとっては不快だと受け取られる可能性もあるので、言動には注意が必要だ。


「おっと、話しも終わりじゃな。目的地に到着したのじゃ。」


 ナキナが残念そうに言って建物の前で止まる。

連れてこられたのは集落で最も大きな立派な建物の前だった。

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