元魔王様とセダンの大商会 10

 領主の依頼によりモンドの屋敷を襲撃した翌日。

ジルとシキは普段通りの生活に戻っていた。

二人は一階にある食事処で美味しい食事の真っ最中である。


「お邪魔するね。」


「はい、いらっしゃ…。」


 接客担当の看板娘であるリュカが対応するが、言葉が最後まで続かない。

持っていた木製のトレイも床に落としている。


「りょ、りょりょ領主様!」


 リュカは尋ねてきた人物を見て驚き叫んでいる。

客としてやってきたのは、セダンの街の領主ことトゥーリであった。

貴族が平民向けの宿屋を訪れる事は滅多に無いので、驚くのも無理はない。


「ちょっとそこの食事している人に用があってね。」


 トゥーリは食事を楽しんでいるジルを指差しながら言う。

貴族なら用があれば呼び付ける事が普通だが、わざわざ領主自ら出向いてきた様だ。


「そ、そうでしたか。ごゆっくりどうぞ。」


 領主と話す事なんて平民には滅多に無い事なので、リュカは失礼がないか緊張しっぱなしである。


「ありがとね。何も頼まないのも悪いし、果汁水を貰うよ。」


「は、はい!」


 リュカは急いで厨房に向かっていく。

領主であり貴族であるトゥーリの注文を待たせる訳にはいかないので大慌てである。


「同席してもいいかい?」


 トゥーリがジルとシキが食事しているテーブルに近付いて尋ねる。

ジルはチラッとトゥーリを見ただけで直ぐに興味を無くしたのか、自分の中で優先度が高い食事を再開する。


 見る者が見れば無礼だ不敬罪だと大騒ぎしそうな一面だが、トゥーリはこの程度で文句を口にしたりはしない。

食事時に尋ねてきた自分が悪いとさえ思っているくらいだ。


「大丈夫らしいのです。」


「ありがとね、精霊さん。」


 シキがジルの言葉を代弁してくれたので、お礼を言って席に座るトゥーリ。

そのタイミングでリュカが果汁水を持ってきてくれた。


「昨日はご苦労様、おかげで助かったよ。」


「あの後はどうなったのです?」


 会話よりも食事の方を優先しているジルの代わりにシキが尋ねる。

暴れるだけ暴れて自我処理は全て任せたので知らないのだ。


「屋敷の中を色々調べたんだけど、悪事の証拠が次々と見つかってね。事後処理に先程まで追われていたところさ。」


 心底疲れたと言った様子であり、果汁水を飲み一息付く。

疲れてるのは事実だが、大きな厄介な問題を片付けられたからかやり切ったと言う雰囲気を感じる。


「それは大変そうなのです。お疲れ様なのです。」


 シキはジルと真契約を結ぶまでの間に何度も仮契約を結んでいる。

その中には真っ当な貴族も少なからずいたので、貴族の仕事の大変さに関しては少しは分かるのだ。


「精霊に労ってもらえるなんて貴重な体験だね。まあ、労いついでに手伝ってくれたら助かったんだけどね。君達は早々にいなくなったみたいだし。」


 トゥーリの部下達が到着した頃にはジルとシキの姿は既に無かったと報告がされていたのだ。


「代わりの人がいたのです。」


「仮面を付けた人の事だろう?報告で聞いているよ。君の部下であり信じられないくらい強いらしいね。」


 トゥーリがジルに向かって言う。

しかしルードの件については、シキに付き合っただけで基本的に触れられたくは無いので無視する。


「ルード様は最強なのです!」


「私も部下に話しを聞いているよ。フリーだったなら雇いたいくらいだね。」


 魔法の腕がかなり高く、凶悪な犯罪奴隷も軽々と殴り倒す実力者とトゥーリは聞いていた。

その凶悪な犯罪奴隷に対抗する手段が無く、今までモンドに対して手をこまねいていた様なものなので、雇えるのならば是非雇いたいと言うのがトゥーリの正直な気持ちだ。


「そ、それは駄目なのです!ジル様の下でしか働かないのです!」


 ルードを雇うと言う事はジルを雇うと言う事だ。

せっかくのジルとの自由気ままな今の生活をシキも手放したくは無い。


「随分と信頼されているんだね。羨ましい限りだよ。私の部下は戦闘面に少し疎くてね。」


 今回の件も実力のある戦闘員が多くいれば、もっと早く行動に移せた事なのだ。

領主としては情け無い事だが、子供の領主に人生を預けて仕えられる者は多くは無いだろう。


「冒険者や傭兵を雇えばいいのです。」


 モンドもそうやって戦力を確保していた。

領主と言う立場ならば、ある程度お金には余裕がある筈である。


「腕の良い人達は既に囲われてたりして難しいんだよ。でも今回の件でそれも解決したんだけどね。」


 その事に関しては嬉しいのか上機嫌である。

今回の事で苦労もあったが収穫も充分多かったのだ。


「商会に雇われていた方達を雇ったのです?」


「うん、実力者も大勢いたから、降伏した人達の中からね。ついでにビーク商会も私の管轄で経営される事になったよ。」


 実質的な領主と街一番の大商会の合体である。

これによりトゥーリの勢力は一気に拡大した。

不安だった戦力も確保出来、人脈も一気に広がったのである。


「ほお、随分と勢力が高まったのではないか?」


 食事を終えたジルがようやく話しに加わる。

誰のおかげか忘れるなよと言う言葉が込められている様だ。


「はいはい、感謝しているよ。おかげでこれから忙しくなるけどね。」


 領主だけで無く商会も運営していくとなると、仕事量は計り知れない。

子供領主はその事を考えて思わず溜め息を吐く。


「つまり一件落着なのです?」


「私の考えていた中でも最良の結末だったよ。」


 モンドと婚約する世界線もあったと考えると、ジルに頼んで本当に良かったとトゥーリは心の底から思っていた。


「これは報酬も期待出来るな。」


「ギルド経由で沢山支払うから安心していいよ。本当にありがとうね。」


 トゥーリは平民であるジルに頭を下げ、大量に出来た仕事をする為に宿屋を後にした。

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