元魔王様と宿屋の事情 3

異世界通販で購入した異世界の本だ。


「何々、誰でもお家で簡単絶品スイーツ作り。ほお、なんとも美味そうな絵だな。」


 渡された本を開くと、様々な甘味の写真や作り方が書かれていた。

ジルも大昔の食事を必要としない魔王になる前は、甘味を好んでいた事もあるので興味をそそられる。


「これをリュカに手伝ってもらって作っておいたのです。」


 シキが指差した写真の一枚にはプリンと書かれていた。

そしてシキが言うリュカとは宿屋の娘の名である。

快活な若い女の子で、正に宿屋の看板娘と言った人物だ。

部屋の掃除や食事を知らせに部屋に来てくれるので、毎日顔は合わせている。


「異世界通販を使わなかったのか?」


 出来上がった甘味を取り寄せる事も当然可能だ。

だがシキは本に従って実際に作った様だ。


「使おうと考えはしたのです。でも実物の値段がそれなりに高く、作った方が安くなるみたいなのです。」


 こちらの世界では高価で手に入りにくい砂糖を袋にて異世界通販で購入したが、プリン単体とあまり値段は変わらなかったらしい。


 どうやらこちらの世界では珍しい物、そもそも存在していない物等は特に値段が高く設定されているらしい。


「成る程な。場合によっては作った方が得になるか。」


「今回は初めてだったのでお試しで少しだけ作ったのですが、それなりに上手く出来ていたのです。早速食べに行くのです。」


 シキは早く食べたくて待ちきれない様子だ。

本の絵からも美味しそうなのは伝わってくるので、その気持ちはよく分かる。


「そうだな、我も気にはなっている。」


 ジルはシキに連れられて宿屋の一階に降りる。

宿屋兼食事処の様な建物なので幾つものテーブルが並べられている。

昼食前なので誰も客はいない。


「リュカ~、プリンを出してほしいのです!」


 シキが厨房に向かって小さな羽をパタパタと動かして飛んでいく。

勝手に入って怒られないのかと思ったが、信仰の対象にもなる事がある精霊を邪険に扱う者は少ない。


 実際に泊まっている客の精霊と言う事もあってか、シキの行動を咎められたりはされていない。

なのでシキも宿屋の中では自由に過ごせている。


「あ、シキちゃん。今から食べるのね?持っていくから座って待ってて。」


「分かったのです。」


 シキがジルの座る椅子まで飛んで戻ってくる。

人族用の椅子には座れないので、テーブルの上にちょこんと座っている。


 リュカは自然にシキの名前を呼んでいるが、前に魔王と解る前にシキの名前を呼んだ時には結構怒られた。

どうやら仲良くなった相手には名前を呼ぶ事を許しているらしい。


「お待たせ、やっと食べられるわね。」


 リュカはシキに微笑みながら言う。

シキがプリンを楽しみにしていたのを知っていた様だ。


「やっと?」


「昨日作ったんですけど、ジルさんと一緒に食べるからって我慢してたんですよ。」


 昨日はゴブリンの討伐依頼が集落の発見によって帰る時間が伸びてしまい、街に到着したのは夕方頃だった。

シキが言うところのおやつの時間には間に合わなかったので、楽しみにしていたが我慢して食べなかったらしい。


「悪かったなシキ、待たせてしまって。」


「ジル様と食べたかったので問題無いのです。」


 既に目の前に置かれたプリンに釘付けと言った様子だ。


「リュカもわざわざ作ってくれたらしいな。」


「仕事の合間ですから気にしないで下さい。」


 リュカは冷えたプリンの容器をジル達の前に並べる。


「せっかく四つあるんだ、お前達も食べるといい。」


 目の前に並べられた容器は四つあった。

二つは時間経過の無い無限倉庫に仕舞って後で食べるのかとも思ったが、シキの事だからお礼代わりに多く作ったのだろうと思った。

宿屋は女将とリュカの二人で経営しているので丁度の数だ。


「え?でも…。」


 リュカはプリンを楽しみにしていたシキを見ながら言う。

楽しみにしていたのだから沢山食べたいのではないかと思い、受け取っていいのか考える。


「ジル様が良いと言っているならシキに拒否する理由は無いのです。それに作ってくれたお礼だと思って受けとってほしいのです。」


 シキもニッコリと笑いながら言った。

ジルに許可をもらえて一緒に食べられるのが嬉しいのだ。


「そう言う事だ。女将も呼んでくるといい。」


「さっすが二人共!話せる~!」


 プリンが実は気になっていたリュカは喜んで厨房に向かった。

嬉しさのあまり素が出ているが特に気にならない。

リュカは厨房から仕込みをしていた女将を引っ張って戻ってきた。


「ジルさん、私までいいのかい?」


 厨房から引っ張り出された女将が申し訳無さそうに言う。

同じ厨房で作業していれば作っている過程も見えてしまう。

高価な砂糖を使っている食べ物なので、手伝ってもいない自分が食べるのは申し訳無いと感じているのだ。


「気にするな、珍しい美味い物を見せびらかす様に食べる趣味は無い。」


「早く一緒に食べるのです!」


 ジルとシキに促されて二人も椅子に座る。

遠慮気味な様子ではあったが、二人も昨日から見た事も聞いた事も無いプリンが気になって仕方が無かった。

そして全員ワクワクとしながらプリンを口に運ぶ。


「美味い!」


「美味しいのです!」


「「美味しい!」」


 プリンは上出来の仕上がりであり、初めて食べる異世界の甘味の美味しさを暫し味わう四人だった。

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