3章
元魔王様と小さな精霊 1
ジルは一先ず目的としていた人族としての身分証である冒険者カードを手に入れた。
そして次にした事は情報収集である。
人族としての常識と言えるものが元魔王のジルには殆ど無い。
街行く子供達ですら当然の様に知っている情報すら欠如している状態だ。
受付嬢のミラに習わなければ、買い物で金銭のやり取りすら出来無かった程だ。
そんな状態なので様々な情報を得る必要があり、現在は街に唯一ある図書館に来ていた。
この世界では貴重な本が大量に置かれてあり、お金を払う事によって時間制で閲覧出来る仕組みだ。
魔王時代には魔王城の書庫で幾らでも読む事が出来たので、恵まれた境遇だったのだなと思いながらお金を払って閲覧しているところだ。
「失礼しますお客様、閲覧終了10分前となりました。」
大量の本を机に積み上げているジルの下に、司書が時間を伝えに来た。
読む事に集中していたのであっという間に時間が過ぎていた。
「分かった。」
ジルが返事をすると司書は一礼して持ち場に戻る。
時間を過ぎてしまうと追加料金が発生するらしいので、本を棚に戻して図書館を後にする。
「はぁ、高い出費だった。」
ジルは溜め息と共に愚痴を溢す。
まだ街に来て数日しか経っていないが、お金の価値については理解しつつあった。
通常の食事でも小銀貨が数枚、少しだけ贅沢しても1000Gの銀貨1枚と少しと言ったところなのだが、図書館の利用には1時間で銀貨が3枚も必要だった。
図書館は高価な本を閲覧して情報を得る事が出来るが、平民には中々手の届き難い施設と言える。
複製する技術が発達していないので、殆どの本が一点物と言うのが高価な理由となる。
一点物が汚されたり破けたりする可能性を考えれば値段が高くなるのは仕方が無いのだが、利用客は限られてくるだろう。
「だが幾らか情報も得られたな。」
数日間高いお金を払って図書館に通い、沢山の本を読み漁った甲斐があり、ジルは幾つか有益な情報も得られていた。
一つ目は現在地についてだ。
ジルが転生した後に訪れたのは、ジャミール王国と言う国のセダンと言う街らしい。
人族と獣人族が主に住んでいる国である。
だがジルの記憶が正しければ、魔王時代にはジャミール王国と言う国は無かった。
歴史を遡っていくと、もっと大きな大陸だった一つの国が内戦により幾つかの国に分かれ、その内の一つがジャミールと言う名の国になった様だ。
ちなみに魔王時代に暮らしていた魔族が住まう国、魔国フュデスは名前も国の大きさもそのままの状態で現在も存在していた。
そして二つ目は転生するのに掛かった時間についてだ。
転生前に存在していた国が、転生後には無くなって複数の国が誕生している。
それは相当な時間が経過した事を意味している。
そこで自分の前世でもある魔王が死んだ事について調べてみた。
自分の事ではあるが、さすがは世界最強にして最恐と言われた魔王であった。
人族にとっては世界の敵そのものの様で、ありもしない歴史で塗り固められた極悪な魔王像が本には記されていた。
先に魔族に手を出してきて滅ぼそうとしたのは人族なのだが、そんな歴史は存在しない様である。
そしてそんな魔王像だからこそ、魔国フュデスに張られた結界がある日突然無くなり、魔王が消失して世界が平和になった日だと数多の本で描かれていた。
それが人界歴で100年以上も前の事であった。
つまりジルが魔王から人族に転生する間に神界で過ごした僅かな時間は、地上では100年以上にもなっていたのだ。
100年もあれば様々な変化があるが、本で得られる情報にも限度があるので、そこら辺は追々とした。
最後の三つ目は人族と魔族の関係性についてである。
人族によって魔族は滅亡一歩手前まで追い込まれた事があり、それを阻止する為に魔王として産まれたのがジルの前世である。
魔王として生きていた間は、人族への抑止力となっていたので魔族が滅ぼされる事は無かった。
しかし転生の為に魔王が滅んだ後の事は少し心配だったのだ。
結果を言えば人族が魔族を敵視して小さな小競り合いが多いのは変わっていないが、世界的な大きな争い事は特に起こっていないらしい。
魔族も滅亡する事は無く暮らせている様だ。
「ふむ、様々な情報を本によって得られたが、事実と多少異なる点もあるのだろうな。」
そう強く感じたのはやはり魔王像についてだ。
向かってくる者には容赦しなかったが、自ら積極的に人族を殺したり魔王が人族に侵攻した事は無い。
これだけを見ても本の内容は事実と異なる点が多いのだ。
「となれば実際に見てきた者に聞くのが良いだろうな。」
思い立ったジルは泊まっている宿屋の自室に戻ってくるなり、指先に魔力を集めて床に魔法陣を描き始めた。
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