2章

元魔王様と人族の街 1

 そよそよと風が優しく髪を揺らす感覚を感じる。

身体は生い茂る草の絨毯の上に横たわっている様だ。

直ぐ近くには川も流れており、心地良い水音が聞こえてくる。


 目を開けるとどこまでも青く広い空が視界いっぱいに広がっていた。

今いる場所は神界では無い様である。


「転生は成功したのか?」


 元魔王は身体を起こして立ち上がる。

早速の違和感だが、魔王時代の身体と今の身体は全然違っていた。

三メートルを超えていた身長は、約半分くらいに縮んでいる。


「これが人族の我か。」


 近くに流れている川は澄んでおり、自分の姿がはっきりと映っている。

正に魔王と言った格好良くも威厳のある顔付きは、転生した人族の自分からは一才感じられない。


 筋骨隆々とした逞しい肉体は、細くしなやかな弱々しい身体付きへ。

かつての魔王の面影は感じられず、どこにでもいそうな普通の人族の姿になっていた。


「随分と弱々しい見た目になってしまったな。」


 どうしても先程まで神界にいた自分の姿に重ねてしまう。

人族的に見れば普通と言えるのだが、魔族から人族に生まれ変わったばかりの元魔王には、人族の感覚は備わっていない。


 そして人族が見れば、容姿もかなり優れていると言うのだろうが、元魔王にはそう言った感覚も無いので、今の自分を見て容姿が良いかは分からなかった。


「さて、今世は自由に生きるとして、先ずは自分の情報か。」


 元魔王は破壊神に消さないでもらった万能鑑定のスキルを自分に使用する。


名前 ジル

種族 人族(男)

年齢 18歳

魔法 火魔法 水魔法 風魔法 土魔法 他色々

スキル 万能鑑定 能力隠蔽 無限倉庫 詠唱破棄 他色々

状態 正常


 万能鑑定は様々な鑑定スキルの最上位互換スキルであり、生き物、道具、スキルとなんでも鑑定して情報を得る事が出来る優れたスキルだ。


 転生後の人族の身体に関しては神々が決めた様で、前世の名前から取ったのかジルとなっており、年齢は随分と若返っていた。


「スキルも希望した物があるし問題無いな。忘れないうちに弄っておくか。」


 鑑定スキルで情報を視られた時に、魔法やスキルの構成が異常過ぎて騒ぎになる可能性がある。

なので能力隠蔽のスキルを使い、偽の構成にしておく様にと事前に神々に注意を受けていた。


 取り敢えず魔法は火魔法、スキルは無限倉庫のみに隠蔽しておく。

これで自ら開示しない限り、沢山の能力が知られる可能性は低いだろう。


「さて、これからどうするか。」


 辺りは自然いっぱいで人影は無さそうだ。

どうやら人里離れた田舎で転生させられたらしい。

だが遠くに街道らしき物は一応見て取れるので、一先ず街道に向けて歩く事にする。


「ん?」


 暫く歩いて街道に辿り着くと、近くの森から剣が硬い物にぶつかる金属音や何かの咆哮が響いてくる。

そして鉄臭い臭いが風に乗って森から漂ってくる。

誰かが戦闘中であり、血も流れている様だ。


「貴重な情報源か。」


 ジルは転生したばかりで現在地を知らない。

周囲を見渡しても人里は確認出来無いので、意思疎通出来る者ならば接触したい。

早速森の中に入り、音や臭いを頼りに近付いていく。


「くっ、わいの悪運もここまでみたいやな。」


 ジルが森を進み現場に辿り着くと、横転した馬車に怪我や血を流して動けない馬、更に無数の切り傷を受けて血を流して座り込んでいる人族の男性が目に入った。


 その人族の男性が見ている視線の先には、血を流す原因となった大熊がいる。

動物では無く魔物である。


「アーマードベアか。」


 魔力を帯びた体毛は鉄をも超える硬度を持ち、物理的な攻撃で倒すのが難しい魔物だ。

両者の中間地点には男性が使ったと思われる剣が真っ二つに折れて落ちている。


 アーマードベアの高硬度の体毛と打ち合っているうちに、武器の限界を迎えて折れたのだろう。

それでもアーマードベアの方は傷一つ負っていない様だ。


「さて、どう介入するか。」


 ジルは相当な弱体化をしたと言っても現在の正確な実力を知らない。

不慣れな身体で魔法を使って、男性を巻き込んでしまう可能性も否定出来無い。


「これで様子見が妥当か。」


 ジルは足元に落ちていた小石を拾う。

これを投擲して敵意をこちらに向ける作戦だ。

だが魔王時代に小石を軽く放った時は、地面を割りクレーターを作ってしまった事がある。


 過去のやらかしを思い出して少し緊張しながらも小石をアーマードベア目掛けて投擲する。

軽く投げたつもりだったが、風切り音を残して小石が飛んでいく。


「ガアッ!?」


「ふえっ?」


 男性に注意を向けていたアーマードベアは、ジルの投げた小石に反応する事が出来ず、頭に直撃してダメージを受ける。


 血が数滴地面に落ちて、殺意と共に注意がジルに向く。

男性は殺されると思っていたのに、アーマードベアの注意が自分から逸れて、間の抜けた声をあげている。


「ふむ、軽く投げてあの程度か。」


「ガアアア!」


 アーマードベアは咆哮を上げながら怒り狂った様にジルに向けて突撃してくる。


「これならば本気で投げて丁度良さそうだ。」


 自分の力を分析しつつ再び小石を投擲する。

全力で投げられた小石は、アーマードベアの頭を粉砕して、背後にある木に深々とめり込むのだった。

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