株式会社PE~魔王様は前世交代請負人~

中谷 獏天

前世勇者と魔王様~私が魔王で推しが勇者だった件~

 私は少し寝坊してしまい、親が用意してくれた肉まんを頬張って学校へ向かった。

 走る程でも無いから小走りで、事故の多い十字路は避け、1本隣の道を学校へ向かっていた。


 ただそれだけなのに、推しが空から降って来た。

 私めがけて、真上から。


 遠くで鈍い音がしていたのには、確かに気が付いていた。

 けれどいつもの自損事故かと思い、横を見た時は車が止まっていたのを確認した。


 そして前へ進もうとした時、違和感に気付いた。

 影が大きい。


 そう思って上を向くと、私の推しが。


 そして私は見事な不運に巻き込まれ、ゴミ収集車に巻き込まれた。

 頭から突っ込んだ。


 轟音の中で走馬灯が駆け抜けた。


 けれど、胎児の私を通り越し、世界を通り越した。


 私が魔王で推しが勇者。


 あぁ、この設定で1ヶ月は楽しめるな。


 そう思ったのが生きていた私の最後。

 だった筈なのに、どうしてか私は推しに憑り付いてしまっていた。


「おはよう杏子きょうこちゃん」

『すみません、おはようございます』


 私が死んだのは一昨日。

 憑り付いたのは直後。


 けれど彼は巻き込まれただけ、事情聴取のみで済み、学校も違うので私の顔も名も知らないまま

で。

 最初は様子が気になり付いて行ったものの、自分の姿も名も知られないと分かり、離れようとしたのだけれど。


 走ったりしゃがんだり、様々な抵抗を試みたんですが、彼に負担が行くばかりで。

 体の重さ、怠さを訴えたので、大人しく付いて行く事に。


 そうして家に入った瞬間、私の存在を悟られる事になってしまった。

 なのに推しは優しかった。


 不便だからと名前を聞き出されて、下の名だけは明かし、極力接しない様にしていたのだけれど。

 夜は衝立越しに過ごして頂き、挨拶も不要だと申し上げているのに、ご挨拶を頂けている。


 全ては私の顔が見えないから。

 姿形は朧気だそうで、幸いにもコンプレックスには触れられる事も無く。


「今日はパンなんだけど、何を付けるのが好き?」

『ピーナツホイップが好きです』


「じゃあそうお願いしておくね」

『ありがとうございます』


 お供えもして頂けて。

 しかもそのお供えを召し上がって貰えるとか、マジで全然成仏出来るんですけど、出来ないんですよね。


「今日はどうしようか」

『すみません、本当に未練は無いんです、本当』


 だって、このまま居たら推しが他の女と同衾するのを見聞きしないとならないんですし。

 その方が遥かに地獄なので、全然、天に召されたいんですよ。


「こう、デートとかを夢見るとか」

『来世でと死ぬ前から考えていましたので、特に望んではいないんです、本当に』


「そう、じゃあ今日も午後は図書館で良いかな?」

『はい、ご迷惑をお掛けして、大変申し訳ございません』


「ううん、気にしないで」


 寧ろ、最初の時点で図書館デートをさせて頂いた気分でしたし。

 もっと言うと今も、登下校が一緒だなんて天にも昇る気持ちだったんですけど、昇れずで。


 勇者だ魔王だ、所詮は架空のお話。

 推しはモテモテでキラキラしているけれど、ただの人間。

 私もただの人間だったからこそ、こうして死んでいるワケで。


 そうなると、推しは男性で。

 性欲もおありでしょうから、一刻も早く成仏したいんです本当。

 推しの為にも、私の為にも。




 授業中は誰の視界も遮らない様にする為、机の間の通路に体育座り。

 推しの後頭部を堪能した後は、図書館へ。


 寺院へも行こうとはしたのですが、そもそも彼が入ろうとすると体調が悪くなり、私が弾かれる。

 そして私が先に入ろうとしても、磁力でも働いているのか弾かれてしまう。


 その足で神社へ行こうとするも、同じ状態に。

 教会へも、同じ様な状態になり。


 そうして出た結論として、独学で成仏への道を探る、と言うモノだった。


『本気で来世に期待していたんですけど、すみません』

「ウチにも仏壇が有るし、ご先祖様の供養込みだから気にしないで」


『お優しいんですね、ありがとうございます』


 推しとの出会いは受験でした。

 番号が隣だったんです、凄く幸せでした。

 同じ学校に行けたらなと、何度も考えました。


 けれど親はどっぷりと宗教に嵌っていて、受かったものの、資金が無いからと言って通わせては貰えなかった。

 なら最初に言って欲しかった、奨学金の申し込みも何もかもが間に合わない時になって、まさか受かると思わなかったと。


 それが嘘だと分かったのは、亡くなる直前。

 結婚相手に気後れさせない為に、敢えて学歴が中位になる様にと、親としての配慮だと。


 私の様な容姿でも結婚出来る、だからこそ信じてもいない宗教と両親に阿っていた。

 けれど、もう結婚に夢を見れなくなっていた。


 馬鹿なフリをしてまで、もう結婚なんかしたくは無かった。


 強がりだ何だと言われたけれど、夢を打ち砕いたのは両親だった。

 幸せそうでもなく、楽しい思い出も無い。


 ただお金を貢ぐ道具にする為に子を成し、貢ぐ為に倹約し、貢ぐ為に働く。

 そう貢ぐ機械として育てられたからと言って、貢ぐ機械になるワケが無い。

 だって私は人間なんだから。


 夢を見る事まで踏み躙られるとは思わなかった。

 結婚相手は何歳も年上のお金持ち、もう既に子供も居るから大丈夫だ、と。


 何が大丈夫なんでしょうね。

 もう少しマトモだと思ってたのは、子の贔屓目だったんでしょうね。

 ネグレクトも無かったし、修学旅行も行かせて貰えてたから。


「何か悲しい事を考えてない?」

『すみません、失礼しました。成仏するには過去をと思ったのですが、どうか決して私の両親や周りには関わらないで下さい、更にご迷惑をお掛けするだけなので』


「詳しく聞かない方が良い?」

『はい、何も知らずに頂ければとすら思っていますので、はい』


「そう、分かった、けど何か楽しい事を考えててくれないかな。体が少し重くなっちゃうから」

『はい』


 朝のご挨拶、お供え、夜のご挨拶。

 私には後頭部だけでも十分なのに、ずっとご供養して頂いている気分なのです。

 感謝しかありません、祟る等はもってのほか。


 執着も未練も無いのです。

 だからどうか、天の神様仏様、どうか成仏させて下さい。

 彼の為、私の為に。

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