順応
仕事を教えてもらった次の日から、さっそく家事を始める。
掃除や洗濯はどうにかなった。
「うえぇぇ……まずい……」
でも、料理は最低だった。
この世界は魔道具の技術が発展している。
ガスコンロのような魔道具があるので、火加減とかは問題無かった。
食器や包丁もあるので、感覚的には元の世界と同じように料理が出来る。
問題は味付けだった。
「塩と砂糖くらいしか調味料が分からない……」
調味料が無いわけじゃないけど、私が知っている調味料があまりない。
私は元いた世界の調味料の豊富さ、万能さを痛感する。
「醤油も、みりんも、ソースも、マヨネーズも、焼き肉のタレも無い…………ご主人様はどうやって味付けをしているんだろ。帰って来たら、聞いてみよう」
塩味だけのまずい昼食をどうにか食べた。
夕方、ご主人様が帰って来てから、私は料理の仕方を尋ねる。
仕事で疲れているかな、と思ったけど、ご主人様は嬉しそうに教えてくれた。
おかげで明日はもう少しましな昼食が作れそうだ。
今日は動いたし、張り切り過ぎた。
久しぶりに疲れた状態でベッドに入る。
今日は何もしなくても、すぐに眠れた。
それから一週間が経過する。
家事をこなすことにも慣れてきた。
それにご主人様やこの世界のことを少しずつだけど知り始める。
ご主人様は空軍に所属している。
そして、ここはサブク帝国という国。
今は近隣のロエン帝国と戦争をしている。
戦争はすでに二十年以上を行われているらしい。
「ご主人様も戦争に行くのですか?」
軍人ならその可能性は十分にあるだろう。
「大丈夫です。今のところ、戦地へ行け、という命令はありません」
「そうですか。それは安心しました」
私が言うとご主人様は苦笑する。
「僕がいなくなったら、親族のいない僕の財産は全ていろはさんに渡しますから、生活に困ることはないですよ」
ご主人様は私が生活の心配をして、こんな質問をしたと思ったらしい。
「ご主人様!」
「は、はい?」
「私は生活の心配をしているのではありません。ご主人様の心配をしているんです」
「僕の心配ですか?」
「そうです。私はご主人様に死んでほしくありません」
「僕はいろはさんを奴隷として買ってきたような人間ですよ?」
「そうですけど、私は快適な生活をしています」
こうやって誰かと一緒に過ごすのはとても癒される。
一人ぼっちは寂しい。
チョロいな、とは思う。
だけど、私は現状に満足していた。
何だか、ご主人様みたいに優しい人に初めてあった気がする。
そんなはずはないのに……
だって、私は今でも元の世界に帰りたい。
元の世界に大切な家族とか、友達が…………あれ?
家族や友達のことを思い出そうとしても思い出せない。
元いた世界の記憶が無くなったわけじゃないのに、人間関係に関する記憶がぽっかりと抜けている気がした。
「いろはさん、どうしましたか?」
私が深刻そうな表情をしているとご主人様が心配をしてくれる。
「…………いいえ、何でもありません」
記憶の欠落は異世界転移の代償なのだろうか?
それとも奴隷になった時に魔法や薬で記憶の一部を喪失した??
理由は分からないけど、どうしようもない。
それに思い出したら、余計に帰りたくなってしまうかもしれない。
だったら、思い出さない方が良い。
ご主人様に買われて、二ヵ月が経過した。
「おかえりなさい。ご飯の用意が出来ています」
今では私が料理をするようになっている。
初めの内は昼食の時に作った料理を、ご主人様が帰宅した時に味見してもらった。
私自身、そして、ご主人様も「おいしい」と評価が出来るようになってから、料理もするようになった。
「ありがとうございます」
「お礼なんて大丈夫ですよ。私は奴隷としての仕事をしているだけです」
「そうだとしても、嬉しいです。このスープなんて僕が作るよりも美味しいですよ」
ご主人様は私の料理を褒めてくれる。
料理だけじゃない。
掃除や洗濯も褒めてくれた。
こんなにお礼を言われたのなんて、人生で初めてだ。
私の奴隷生活は順調。
だけど、二つだけ心配があった。
ご主人様は未だに私のことを抱こうとはしない。
会話の中でさりげなく聞いたことはあったけど、はぐらかされてしまった。
もしかして、私って絶望的にご主人様の好みから外れているのかな?
どうしよう、ある日、ご主人様が豊満な身体の新しい奴隷を買ってきたら……
嫉妬、なんて出来る身分じゃないのは分かっている。
でも、ご主人様が私に手を出さず、別の女性とそういうことをしていたら、嫌だと思ってしまう。
もう一つの心配はご主人様が戦争に行ってしまうかも、という心配だ。
ご主人様の話だと戦局はあまり良くないらしい。
この場合、あまり良くない、っていうのは少し押されているとかじゃない気がする。
敗戦濃厚ということじゃないかな、と考える。
そうなれば、国を挙げての総力戦が始まって、ご主人様だって最前線に送られるかもしれない。
私はそれが心配だった。
だから、ご主人様には何度も確認をする。
「まだ大丈夫です」
ご主人様は答える。
私は安心する一方で、ご主人様の「まだ」という言葉が気になってしょうがなかった。
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