平穏

 奴隷生活二日目。

 今日の夕食も美味しかった。


 奴隷生活三日目。

 ご主人様は今日も仕事へ出かける。

 今日はちゃんと一緒に朝食を食べて、見送ることが出来た。


 何だか、これだけでも仕事をした気になる。


 でも、それ以外にやることが無いので、ボーっとしている。


 その次の日も、そして、その次の日も……


 私が奴隷として、買われてから一週間が経過した。


 ご主人様から何かを求められることはない。


 私は衣食住が揃った快適な生活を送っていた。


「…………って、だから私は昼間からナニをしているのかな!?」


 賢者モードになった私は叫んだ。


 この一週間、私は食べる、寝る、ボーっとする、自家発電しかしていない。


「ていうか、体力が戻ったせいで自家発電の回数が増えてる! このままだと頭がパーになるよ!!」


 いや、全裸でこんなことを叫んでいる時点で、だいぶパーになっているかもしれない。


「なんで、ご主人様は私に何も求めてこないの!?」


 私、奴隷として買われたんだよね?


 奴隷はもっとこき使われると思っていた。

 いや、本来、奴隷はそういうものだ。


 別に労働意欲が高いわけじゃないけど、流石に今の状態はまずい。


 何もしないで、衣食住を保証されているなんて申し訳なさすぎる。



「ご主人様」


「ただい……うわっ!?」


 ご主人様が驚く。

 私が玄関で仁王立ちをしていたからだ。


「ど、どうしましたか? もしかして、昼食が気に入りませんでしたか?」


「ち、違います。今日も昼食はとても美味しかったです! いつもありがとうございます! ……って、そうじゃなくてですね、ご主人様、私に何か仕事を与えてくれませんか?」


 私はご主人様に迫った。


「し、仕事ですか?」


「はい、仕事です。ご主人様は私に何も求めません。でも、私は奴隷なんですよ」


「えっと、いろはさんには今のように一緒に食事をしてもらったり、行ってきます、おかえりなさい、のやり取りをしてもらえれば……」


「ご主人様?」


 私はさらにご主人様へ迫った。


 ご主人様は危機を感じたのか、後退りをする。


「もしも私に何も仕事をくれないなら、襲いますよ?」


「へ? お、襲う??」


「具体的に言うと夜這いです」


「よ、夜這い!?」


 ご主人様は顔を赤くした。


「だって、私は元々、性奴隷として売られていたんですよ。ご主人様が私に仕事をくれないなら、性奴隷の役割を果たします」


 とんでもないことを言っているな。


 私も顔が赤くなっていると思う。


「ちょ、ちょっと待ってください! それはいけません!」


「…………」


「あの~~、そこまで力強く拒否されると傷付くんですけど? 泣きますよ!」


「す、すいません。別にいろはさんが嫌とかじゃないんです。と、とにかく、性的なこと以外で何か仕事を考えますね。……そうだ、明日は久しぶりに休暇なんです。色々としてもらいことを説明します」


 ご主人様は私の押しに負けた。


 本当は私を力で押さえつけられる立場なのに、本当に優しいというか、弱気というか……


 でも、まぁ、何か仕事をもらえるのは良いことだ。


 このままだと申し訳ない、っていうのもあるけど、時間が余り過ぎて辛い。


 次の日、ご主人様から、

「いろはさんには家の掃除をしてもらいたいです」

と言われた。


 これは予想していた。


 というより、現状、私に出来ることを家事くらいだ。


 買い物もしましょうか、と提案したのだが、

「やめた方が良いと思います」

と言われてしまう。


 この国はかなり男尊女卑が酷いらしい。


 加えて、奴隷の私が一人で外を歩けば、事件に巻き込まれる可能性があることも教えてもらった。


 私にとっての安全圏はこの家の中だけだと再認識する。


「家事は分かりました。……あの、出来れば、昼食は自分で作っても良いですか?」


「構いませんけど、どうしてですか?」


「料理も覚えたいんです」


 別に料理が全く出来ないわけじゃない。


 元の世界では普通に料理をしていた。

 でも、こっちの世界だと調理器具が違い過ぎるので、いきなりうまくいく自信が無い。


 料理をして上手くいかなかった時、自分が食べる分なら自己責任で済む。


「分かりました。それから、何か欲しいものとかはありませんか?」


 ご主人様は相変わらず、低姿勢で優しい。


 私はその言葉に甘えることにした。


「本、とかありませんか?」


 仕事はする。


 その上で余ってしまった時間を有効に使いたい。


 そうしないと自家発電のし過ぎで、本当に頭がパーになってしまいそうだ。


 スマホやアニメは期待できないけど、本くらいはあるかも、と思った。


 幸い、私には文字が読める。


 あとはこの中世ヨーロッパみたいな舞台の世界で紙が貴重とか、っていう設定が無いことを祈るだけだ。


「本ですか。それなら、ありますよ。ちょっと来てくれますか」


 私はご主人様に案内をされた。


「入っても良いんですか?」


 案内された先はご主人様の部屋だった。


「大丈夫です」と言いながら、ご主人様はドアを開く。


 ご主人様の部屋はとても奇麗だった。


「そこに本棚があります。気になった本があったら、読んで良いですよ」


 本は普通に置いてあった。


 しかも結構な数だ。


 タイトルだけだと全てを判断できないけど、小説が多い気がする。


「ありがとうございます。…………この絵はご主人様が?」


 綺麗に整頓されたご主人様の部屋で目を引いたのは絵だった。


「はい、絵を描くのが好きなんです」


 風景や乗り物の絵が飾ってある。

 私は目を奪われていた。


「いろささん?」


「えっ? あっ! 申し訳ありません」


「謝ることじゃないですよ。でも、絵を見られるのは少し恥ずかしいですね」


 ご主人様はあはは、と笑う。


「私は奇麗な絵だと思います」


 お世辞じゃない。

 本気でそう思った。


「ありがとうございます」


 ご主人様は嬉しそうに言う。


「将来は画家とかになりたいのですか?」


 でも、私がそう言うとご主人様は途端に悲しそうな表情になった。


「将来ですか……。僕の将来はもう決まっています」


 もう決まっている?

 そうだ、今更だけどご主人様は仕事をしているんだ。


「ご主人様はどんな仕事をしているのですか?」


「僕はですね、軍人です」


 軍人?

 正直、そんな風には全然見えない。


「意外ですよね」


 ご主人様は私の心理に気付く。


「えっと、はい……」


 口にした後で、こんなことを言ったら、ご主人様は不機嫌になるかも、と思った。


「僕も自覚はあります。軍人になるつもりなんて、ありませんでした」


「……軍人になった理由を聞いても大丈夫ですか?」


「母が事故で、父や兄が戦争で死んでしまいました。それで僕は孤児になってしまったのですけど、魔法の才能があったみたいで無料で学べる士官学校へ入り、そのまま軍人になりました」


 聞いて気まずくなってしまった。


 じゃあ、ご主人様は天涯孤独なのか……


「さて、暗い話はこれくらいにして、ご飯にしましょうか。料理をしながら、料理器具の説明をしますね」


 ご主人様は重くなった空気を切り替えるように明るく言う。


「はい、よろしくお願いします」


 だから、私もご主人様に合わせて、明るい口調で言った。

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