受け入れる

「…………あれ?」


 浴室から出たら、私のボロボロの服が無くなっていた。


 青年のことを信用しようとした矢先、不安になってしまう。


 奴隷に服は要らない、ってこと?

 これから私は服無しで生活しないといけないのかな?


「…………」


 上げてから落とされた方がダメージが大きい。


「何を安心していたんだか……」


 私は素っ裸のまま、音がする場所へ向かう。


 良い匂いがすると思ったら、青年は台所にいた。


「あっ、いろはさん、お風呂から出たんですね。…………って!?」


 青年は私を見て、視線を逸らした。


「どうしたのですか?」


「どうしたんですか、じゃないですよ!? 服はどうしたんですか!?」


「私の服は無くなっていたので……」


「新しい服を用意しましたよ!?」


「え?」


「ちょっと来てください!」


 私は腕を引っ張られる。


 青年は意外に力が強かった。

 それに手が結構、ゴツゴツとしている。


 抵抗できない力に引っ張られて、私は怖かった。


 私は青年にされるがまま、引っ張られて脱衣室へ戻って来る。


「ほら、ここに着替えがあるでしょ!?」


 青年は置いてあった服を指差す。


 顔を赤くして、まったく私の方を見ようとはしない。


「でも、これはあなた……ご主人様の服ですよ?」


「それを着て、良いですから!」


 そう言い残して、青年は慌てて出て行く。


「これ、着てよかったんだ」


 青年の服が置いてあったのは気付いていたけど、着て良いなんて思わなかった。


 てっきり青年が自分の為に用意していたものだとばかり……


「というか、私、裸で男の子の前に……」

 

 さっきの行動を思い返して、恥ずかしくなった。


 私は急いで服を着る。


「ちょっときついなぁ……」


 私の方が身長は高いので、仕方ない。


「でも、なんで胸はまったくきつくないのかな?」


 男子と胸囲があまり変わらないことに気付き、少しだけ悲しくなる。


 それに下着は用意されてなかった。


「嫌がらせとかじゃなくて、用意が無かっただけかな」


 素肌に服を着るのは違和感があるけど、ボロボロの服よりはマシだ。


 服を着て、台所へ戻ると料理が出来ていた。


「いろはさん、服は大丈夫ですか?」


 青年はまだ顔が赤かった。


「はい。ありがとうございます」


「これから一緒に暮らすんですから、これくらい当然です。食事の準備が出来ていますから、どうぞ」


 テーブルを見ると美味しそうな料理が並べてあった。


「えっと……私が一緒の食卓に着いて良いんですか?」


「当然ですよ」


 青年は笑う。


 なんで奴隷の私に優しくしてくれるのだろうか?


 そんな疑問はあったけど、食欲には勝てない。


 この世界に来てから、わけの分からないパサパサの干し肉や硬すぎる黒パンしか食べていない。


 目の前にある白いパンやシチュー、柔らかそうな肉を見て、生唾を飲んだ。


 席に着き、青年に向かって、「いただきます」と言った。

 青年は笑いながら、「どうぞ」と返す。


 私はパンを手に取り、齧った。


 柔らかい。

 小麦の香りがする。


 美味しい。

 本当に美味しかった。


 私はまた泣いてしまう。


「ど、どうしたんですか?」


 青年があたふたする。


「この世界に来てから初めて人間扱いをされました……」


「この世界?」


 私の精神はボロボロだった。


 だから、これまでの経緯を全てしゃべってしまう。


 信じてもらえないだろうし、馬鹿にされるか、頭がおかしい、と思われると覚悟はあった


 でも、青年は真剣な表情をなる。


「時々、異世界から転移してくる人間が来る、と聞いたことがあります」


 どうやら、異世界転移はありえない話じゃないらしい。


 だったら……


「帰る方法を知りませんか?」


「いろはさんは帰りたいんですか?」


「帰りたい」


 私は即答した。


 青年は考え込む。


 もしかして、帰る手段があるのか、と思ってしまった。


「……すいません。帰る手段は分かりません」


「……そうですよね」


 元々、あまり期待はしていなかった。


 もし、簡単に帰れるなら、私のいた世界には異世界からの帰還者がいるはずだ。


 しかし、そんな話は聞いたことが無い。


 それが答えなのだろう。


 この世界へ道は一方通行。


 私は元の世界に戻れない。


 もう、好きだった漫画やアニメ、小説の続きは見れない。


 また涙が溢れてきた。


「大丈夫ですか?」


 青年は私にハンカチを渡す。


「申し訳ありません。ご主人様……」


 私は暫く泣いた。


 青年は心配そうに私を見る。


 気持ちを切り替えよう。


 元の世界には帰れない。

 私にはなろう主人公のようなチートの能力はない。

 それに奴隷だ。

 お金も人脈も身分も無い。


 でも、幸いなことにこの青年……ご主人様の優しさに偽りはない。


 だったら、愛想を尽かされないように努力をしないといけない。

 プライドや貞操観念は捨てる。


 私は生きる為にご主人様に媚を売るし、望まれたことをする。


「よし、そうと決めたら……!」


 私は目の前に食事を勢い良く食べ始める。


「あの、本当に大丈夫ですか?」


 ご主人様は私のことを心配してくれる。


 私は水を一気に飲み干して、深呼吸をした。


「はい、もう吹っ切れました。私は奴隷です! これからなんでもします!」


 逞しく生きよう。

 生きていれば、転機があるはずだ。


「えっと、とにかく元気になって良かったです」


 ご主人様は安心したようで笑う。


 食事を終えた私は寝室へ案内された。


「…………」


 ベッドを見るとまた緊張してしまう。


 私は性的なことをされるのだろう。


 ご主人様は優しそうだけど、女の奴隷を買ったということはそういうことだ。


 ええい!

 今更、怯えるな!


 こんなの天井のシミを数えている間に終わる……って、聞いたことがある。


「この部屋は好きに使って構いません。僕は隣の部屋で寝ているので、何か困ったことがあったら、来てください」


「…………え?」


「え?」


 私とご主人様の間でコミュニケーションエラーが発生した。


「えっと、私はこれからご主人様にその……」


 私は言うのを躊躇う。


 単純に恥ずかしかったのもあるが、口にすると自意識過剰な気がしてしまった。


 私の態度を見て、御主人様は察したようだ。


 顔を赤くして、視線を逸らす。


「えっと、そういうことはまだやめましょう。いろはさんは疲れているでしょうし、怯えているみたいですし……」


 私は奴隷だから、問答無用で乱暴をされても仕方ないはずだ。


 ご主人様はどうやら本当にお人好しらしい。


 今はその優しさに甘えることにした。


「ありがとうございます。それではこの部屋を使わせてもらいます」


 私は深々と頭を下げた。


 ご主人様は「おやすみです」と言い、部屋を出て行く。


 私はベッドへ倒れ込んだ。

 久しぶりのふかふかのベッドだ。


 疲労と安堵、それから満腹ですぐに眠くなった。

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