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そんなことがあったのが、今日の昼間だとは。

私は机の電球のみが光源となる部屋で、今日の昼の彼の言葉を思い出しながら口元を緩める。


"人を殺したことのある顔だ。千尋がするような顔じゃないさ"


なかなか鋭いことを言ってくれる。

私はそう考えながら、窓から入る夜の潮風を感じていた。


人殺し。

それは、向こうで私に強制された事だ。


正確には、ちょっと違う。

"第6部署"という名の組織に私はいた。


政府の裏側で動く、一般人のフリをした悪魔。

私達の直属の上司は、内閣ですらない、実態もわからない政府組織。


そこは旧軍の置き土産。

私達は旧軍の理想の存在。


親を失い、天涯孤独だとされた3人の幼児を検体として計画は進められる。


私は、彼らが提唱した青年工作員思想のもとに育てられた。

曰く、物心つく前から教育を施し、人格と技術を磨き上げる。

得られるものは、理想的な殺人マシン。そして、理想的な国家の影。


まぁ無理だったとは、今なら言える。

小学校に入る前からいろいろと教え込まれた。


それこそ、基本的な国語算数理科社会英語から、音楽、美術、スポーツの知識。

世界の情勢から、経済の流れ、要人の顔と性格。

あらゆる兵器の使い方から、一文無しで生き残る知識。


手当たり次第に教え込まれ、出来上がった物は、理想とはかけ離れた子供だった。


私のほかに2人いた。

男の子2人。

彼らは、つい1年前、自身の銃弾を頭に打ち込んで死んだ。


私は、唯一マトモだった。


実際、ここに来る2か月前までは、友和の右腕として同行し、子供だということを最大限に使い切って5人殺している。


その前までも、長距離狙撃で18人。

雨夜に紛れて5人。


簡単な銃撃から、絞殺、刺殺、爆殺、挙句の果てには事故に偽装する。


私はすべてソツなくこなした。

私は淡々と仕事をこなしていた。


精神も、表面上は問題なかった。

どこか、人を殺すことに強烈な鬱を覚えるようになる以外は。


結局、彼らは私達3人のデータをもとに、計画を取りやめ、私のことを死んだと伝えた親戚に虚偽のエピソードを吹き込んで引き取らせた。


そして、ここ1か月の私が出来上がったわけだ。


表では暗く物静かな"私"を演じて。

裏では感情がなく、何事も静観しきった"僕"がいる。


我ながら傑作な人間だと思う。

ただ、作られた精神異常者にはなれなかっただけの話だ。


私は、目をつぶっている間、瞼の裏で起こっていたフラッシュバックを消して口元を歪めると、行動を開始した。


机の上には、いつものラジオと、ここに来て以来一度も開けていないジュラルミンの大型ケース。

ナンバーロックを外すと、中に入っていた物を取り出してベッドの上に置いていく。


二つ折りになるケース。

カバーになる方は、拳銃が2丁と、それの予備弾倉がそれぞれ5つ。

メインとなる中身は、2段トレーとなっていて、上段には折り畳み銃出床型のカービン銃と、予備弾倉が3つ。

そして、下段にはメンテナンスキットとアタッチメント。


ベッドに並べて、しばらく椅子に座ってそれらを凝視する。


私はベッドの上に丁寧に並べたそれらから、一番使い込んだ拳銃と、それの消音器、メンテナンスキット以外をケースに入れて、ケースを閉じた。


私の手にはまだ少し大きい拳銃。

菊の紋章が彫られたブローニング ハイパワー。


それを手慣れた手つきで分解していき、グリスアップしていく。


可動部のすり合わせ、ギアの具合。

レバー類の動作から、グリップの滑り具合。

すべてを入念に確認する。


照準器には、蛍光塗料を塗布した。

グリップは、今までのから少し削って、より細くする。


そして、一通りの点検が終わると、一気に組み立てて、最後に弾倉を入れた。


13発の弾倉に12発。

安全装置をかけると、木製のストックに仕舞い込んだ。

それを机に置き、予備弾倉と消音器用に作られた皮のベルトに、2本の予備と1本の消音器を差し込む。


その時、夜のラジオが8時を告げた。


「霧の中に入り込む勇気は、確認するだけ野暮なのかな」


私は一つ、ため息をつくと、机の電気を消し、ベッドに潜り込んだ。

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