6.霧の奥の自分
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祭りの次の日、私はただただ傍観者として、そこにいた。
祖父の死を見てしまった次の日だというのに、私はいつものように早く起きて、散歩に出かける。
白いワンピースに、今日は麦わら帽子ではなくて、ピンで前髪を留めただけの頭。
それにサンダルを履いて、朝焼けの町を歩く。
そして、港でいつものように黒猫と過ごし、いつもより少し遅く…9時くらいに家に帰ってくると、慌てた様子の叔母さんと、浩司が玄関口にいた。
家の前にはパトカーが一台止まっていて、制服姿の警官2人が何かを説明している様子だった。
「あ、千尋!」
浩司はそういって私の元に来ると、一瞬、警察官の方を一瞥し、私の肩を掴む。
「何かあった?」
私は白々しくも、いつもの無機質な声で言った。
「じいさんが、川で死体で見つかったって」
「……」
私は予想していた場所とは違うところで見つかったことに驚いて目を見開いた。
とりあえず、家に戻ろうと、私が足を進めると、浩司も横に並んでついて着た。
「…どうして?」
「知らん!ただ、どうも事故じゃないらしい、撃たれたみたいな跡があるって」
「……」
「なぁ、昨日の祭りで、お前急に居なくなっただろ?その時に何かなかったか?」
「いや、昨日はそもそも見てない」
「そうか…」
家の前で話している叔母さんと、警官に小さく会釈して、会話の輪に加わる。
すると、警官の被る帽子を深く被った一人が私の方を向いた。
「こちらの方は?」
「この子は…私の妹の子です…身寄りがうち以外無くなってしまったので、引き取らせて貰いました」
叔母さんは神妙な声で言う。
「そうですか…ところで…」
「あー、祖父が亡くなったことは俺が今…」
「…どうも」
私が無言でいる意図を勘違いしたのか、浩司が警官の声をへだって言った。
「では、現状で言えることは今の通りです……何かありましたら、ここまでお願いします」
そういって、警察官の男は名刺サイズの紙を私によこした。
「では、失礼します」
そう言って、彼らはパトカーに乗り込んで去っていく。
残された私達は、気まずい空気の中、一言も言わずに家に入っていった。
「これ…お巡りさんの番号…」
私はそういって叔母さんに紙を渡す。
「ありがとう…少し…お昼まで、頭冷やしましょうか…何が何だか」
叔母さんは苦笑いしながら言う。
私も、浩司も一旦部屋に戻ることにした。
私は部屋に入ると、自然と口元が緩む。
そして、大げさに肩をすくめると、硬いベッドにダイブした。
人が死んだという事実に動じない私もどうかしてる。
そして…
"あの、実は昨日……"
"その時すれ違ったのは…"
それを告げるだけで、済んだ話なのだ。
祖父が殺された事件の最後、それだけを話せば、きっとすぐに解決したはずだろう。
それを警察官に言わなかったのもどうにかしてる。
私はベッドに乗った布団に顔を埋め、肩を震わせる。
笑っているのか、泣いているのかは別だ。
そうしていると、部屋のドアがノックされている音で私は現実に引き戻される。
応じると、浩司が部屋に入ってきた。
「よう…」
「どうかした?」
浩司は普段の元気っ子少年ではなく、物静かな青年になったかのような静かさで、私の机の椅子に座る。
私はベッドに腰掛ける形になった。
「ちょっとさ、付いてきてくれないか?」
「?」
「神社まで…俺、この前例大祭後の祭事に呼ばれてるんだけどさ、それを断ろうかと思ってさ」
「それなら…行く。大丈夫でしょ、きっと」
私はそう言ってベッドから立ち上がる。
浩司も私の後を付いてきて、私達は何も言わずに家を出た。
田舎町の情報網はとても優れているものだ。
私達は道で会った数人から、労いというか、慰めの言葉をかけられ、そのたびに何とも言えない苦笑いで答えていた。
「じいさん、ああ見えても漁師の中では長老に近い存在だったからな」
「そうなんだ」
「ところでよ」
神社までの道のりの中、浩司はポツリと言いだした。
「俺、高校には行かない気でいるんだが…どう思う?」
「……なぜ私に?」
「いや…何となく…じいさんが死んだんだ…あの船も、誰も乗らなきゃ捨てられるだろうって思ってよ」
「…浩司はどうしたいの?」
「さっきまでは、直ぐに継いでやるって思ってたんだが……なんか違うよなって気がしだしたんだ、神社行こうって、お前のとこに行ってからそれが強くなった」
そろそろ神社が見えてくる。
彼の問いには、早いうちに答えないと、中途半端になりそうだ。
「……たぶん」
私は答えを言いかけて、淀む。
少し考えた。
「今、私が考え直したことと同じ……どこかで引っかかるなら、どこかで鈍くなるなら、それは止めたほうがいい」
神社がすぐ目の前になった時。
私はそういって、神社の敷地を囲うように立つ塀に寄り掛かった。
「私は…ここで待ってる」
「ああ、サンキューな、何となく、気が晴れた」
私は誰もいない、晴れ晴れした空のもと、何もしないで立ち尽くしていた。
「あの~…」
目をつぶって、風の音だけを聞いていると、人の声が耳に入ってくる。
目を開けて声のほうを見ると、この町の駐在さんだった。
「どうも…この度は…」
「いえ、何か?」
私は聞き飽きたセリフを遮って先を促す。
彼は少し驚いたような表情をすると、ポケットから手帳を取り出した。
「これを貴女にと…若い男が」
「……はい」
私は手帳を見て、それを受け取る。
中を見ると、最初の1ページ目は謎の英文字の羅列が書かれていた。
私の記憶の中に、こんな芸当をすんなりやるような男が一人、思い浮かんだ。
「名前とか聞こうと思ったんですがね、すぐに去ってしまって……これも渡すか悩んだのですが…」
「その人の見た目は…?」
「こう…男にしては髪が少し長くて、背格好もしっかりしていました…」
「どんな目つき?」
「その…二重で、眠そうな…」
「ああ…」
私はこの手帳の主を確信できた。
「私の知り合いです、きっと…彼、シャイだから」
「そうですか、ならば、本官はこれで」
私の言葉に、駐在さんは一礼すると、道の奥に消えていく。
私は手帳を服のポケットに仕舞い込むと、何事もなかったように壁に寄り掛かった。
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