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「今日は落ちたら大変。下に何も着ていないから」
「ブハ!…何言いだすんだお前は…」
「…水着を着ていないって意味だけど?」
「……」
私は浩司の脇をつつきながら、カラカラとサンダルの音を鳴らして歩いて行った。
「ちょっとこの町の花火大会は有名なんだぜ」
「そうそう、私たちは浜から見るけど、ひまわりの丘から見る花火が綺麗なんだって」
「俺はこっちのが近くてよく見えると思うがな」
皆、初ものづくしの私に教えてくれる。
浜につくと、みんなで一列になって、防波堤に腰かけた。
「履物落とすなよ?」
「大丈夫」
私はそういって横に座った浩司を見上げる。
意外と身長差があるからか、間近でみると、彼を見上げる形になった。
「そろそろじゃないか?」
私は周囲の会話を聞き流しながら、打ちあがるのを待つ。
そして…
耳が冴えていたせいか、一発目の花火と同時に、遠くでなった異音に気付いてしまった。
「どうした?千尋」
「ごめん、ちょっとトイレまで」
そういって、パッと起き上がって防波堤を駆けていく。
浩司達が何か言ったが、とくには聞こえなかった。
花火の破裂音とともに聞こえたもの。
それは、銃声のような破裂音だった。
私は直後に、連続で打ちあがった花火の音と、まぎれて聞こえる銃声音の方へと走っていく。
考えてみれば、別に私が行く必要などゼロに等しいのに。
こういうのは警察が行くものなのに。
なぜか私は、そんなことを頭に過らせても足を止めることはなかった。
屋台を抜け、人のいない、暗い暗い学校方面へ。
学校と図書館、病院以外には街灯しかない道を抜けて、私は雑木林に入っていった。
もう、私は東京に居た頃のように敏感で、少しの物音にも過敏に反応できてしまう。
1か月、いや、3か月は使わなかった、体のセンサーは、寸分の狂いもなく反応した。
向こうからの音と何かの匂いに反応して、私は茂みに身を隠す。
心拍数は一定で、頭の冴え具合と、謎の危機感を患っているわりには、冷静だった。
心臓は、心は冷静だったから、隠れた私の背後を抜けていった男達の顔を、私は思い出せたのかもしれない。
それは、射的屋の店主。
それは、サイダーを買った屋台の店主。
彼らの右手には、拳銃が握られていた。
追いかけて、彼らをどうにかする?
とも考えたが、私はそれは後でもいいと結論付け、先を進む。
先に進むと、時代劇の果し合いにでも使われそうな、開けた場所に出る。
そして、その真ん中には黒い影が1つ。倒れていた。
そこで私は初めて気が付いた。
妙な胸騒ぎと、私らしくもない、少し焦りを見せた行動の訳を。
「……」
物言わぬ姿となった祖父が、そこにいた。
私は無駄と知りつつも、首元に手を当てる。
案の定脈などなく、閉じた瞼を開けてみても、光はなかった。
その瞬間、私の顔から血の気が引いていくのがはっきりと感じ取れた。
浮かび上がってくるのは、この町で感じ取れた、町の裏の顔と、町の人の声。
「見慣れない顔だな」
そういって、当初は私を怪しみ、睨んだ神主の顔。
「…この町に染まりきるなよ?」
「この町だっていいことづくめじゃないってことさ」
そう、展望台で言った祖父の声。
「何年かに1回、例大祭の後に、代表者が何処かで海の神様にお祈りをするらしいんだけど…浩司が選ばれたらしいの」
「資料には12年に1回って書いてたの…でも前回の代表者は誰も知らないし、そもそも可笑しいと思うのは、いい時期だっていうのに誰も例大祭のことを話題に上げないのよ?」
あの花火の日の由紀子の声。
「件の、1960年の儀式で友人を亡くしてる。だから、最初から儀式があることも、今君が言ってたことも知ってるんだ」
「いいや、証拠がない」
「友人が生きていた証拠が一つもないんだ」
教授のあきらめたような、それでもなんとか光を掴んでやるとも聞こえる声。
私の頭の中で、現実離れした話が巡っていっては消えていく。
祖父の亡骸は、なぜか穏やかな表情で逝っていた。
私は今まで頭に浮かんだ仮説群をいったん思考の外に追いやり、あたりを見回す。
誰もいなければ、夜眼でも効かない限り、満足に先も見えない暗がりが続くだけだ。
次に私がとった行動は、茂みに隠れてもとに戻ること。
あの2人が去っていったが、あのまま祖父の遺体を放置することもあるまい。
すぐに車か何かで運ぶはずだ。
その考えは面白いくらいにあたり、どこかで見た、高級車のセダンが茂みに隠れた私の横を抜けていった。
さて、どうしたものか。
それから5分後。私はもう花火が上がらなくなった空を見ながら考える。
屋台通りに戻ると、私は人の流れを邪魔しないように、端っこの歩道に座り込み、じっと前を見つめていた。
どうやって浩司達に長期不在の言い訳をするか。
そして、祖父のことはどう伝えるか。
私は前者から考えようと、自分の体に目を落とす。
あれだけ動いたというのに、私の体は汗の一筋も流さず。
祖父が死んでいたというのに、涙の1筋も流れない。
浴衣は草をほろうだけでよかった。
まず、防波堤で別れた彼らに格好で怪しまれないのは確かだろう。
トイレが混んでいたとでもいえば済む話だ。
さて、浩司達への対処法はいいとして、祖父の死をどう知らせるか。
考え始めた私は、道の脇に公衆電話があることに気付く。
私は、すっと立ち上がると、個室になっている電話に向かって歩いて行った。
硬貨を入れ、番号を急いて回す。
私は受話器を耳に当てた。
「はい…こちら…」
「人が死んでる…場所は日向小中学校から北に行った林の中…早く」
ガチャン!
最早この町の大人を信じきれなくなった私は盗聴されているものだと思って声色は変え、用件のみ言って電話を切った。
すぐに電話ボックスを出て、人ごみの中にまぎれていく。
皆、祭りの雰囲気に充てられていたせいか、私の異常に気付く者はいなかった。
人ごみを歩いて、屋台の端にくる。
私は遠くに、浩司達を見つけて、溜息をついた。
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