3.夏の夜に消えた光

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「花火大会…?」

「あれ、その反応は……知らなかった?」

「浩司のことだから言い忘れてるんじゃない?」


4時間目が終わり、私は筆記用具やプリント類を鞄にしまっていると、由紀子と加奈が花火大会のことを教えてくれた。


今日は土曜日。

来週の水曜日からは夏休みだ。


「うん、夏休みの真ん中らへんにやるんだよね、祭りと花火大会」

「…知らなかった」


私はそういうと、2人の横に並ぶ。

男子連中二人は補修だそう。


「うちの学校でもその前に小さな花火大会やるのよ」

「?」

「毎年上級学年の人が花火買ってきて、終業式の日の夜にパーッとやるの!」


普段通り穏やかそうな由紀子と、手をブンブン振りながらご機嫌な加奈に囲まれて帰路を歩く。


「でさ、花火買いに行くんだけど」

「…私も行くと」


私は5人でバスに乗ってどこかに出かけることを想像しながら言った。

由紀子と加奈が、その通りと言いたげに頷く。


「明日、朝から小樽よ」

「朝から?」

「頑張って浩司起こしてね!」


朝という単語に少し口ごもると、二人はわかっていたのか、ニヤニヤしながら言った。


「そういえば、義明は?」

「それは加奈が起こすから大丈夫」

「勿論、2人には何も言っていないからね、ドッキリよ」


妙に自信満々な二人を見て、私は肩を竦めた。


……そんなことがあった次の日の朝。

散歩ついでにトンネル上の展望台まで行ってきた私は、帰ってきてから軽い朝食を採ると、時計に目を向けた。


そろそろだ。

私は音をたてないように2階へ上がっていき、浩司の部屋に入っていく。


いい寝顔で夢の中にいる彼を起こすのには微塵も良心が痛まない。

というより今日は遅れたら大変なことになるので、パッと起こせる手段をとることにした。


火薬銃…ではなく、掴み上げて強引に起こす方法だ。


「浩司、起きて、小樽に行こう」

「ん……ああ?」


ベッドから強引に立たせ、揺さぶりながら言う。

浩司は目を覚ましたが、まだ半分夢の中なのか、パッとしない答えが返ってきた。


「由紀子から聞いた…花火買いに行くんだって、早く準備して」

「……ええ?聞いてねーよそんなこと」


浩司は眠い目を擦りながら不満げに言う。

だが、花火という単語に反応した当たり、これから何処に行くのかは理解したらしい。


「言ってないからね、私も昨日の帰り道に知った」

「ほんと急なんだからアイツは……」

「バスは30分後…早く準備しよう」


私が浩司の肩から手を放すと、そういってじっと彼の目を見つめた。


「…で、だ」

「何か?」

「着替えるから出てってくれない?」


顔を少し赤くした彼はボソッと言う。

私は無言で部屋を出て行った。


「由紀子、ちゃんと寝坊魔捕まえてきた」

「おー、千尋お手柄じゃん」


準備の終わった浩司とバス停に行くと、もう皆が揃っていた。


「寝坊魔って」

「胸に手を当てて、自分に問いかけることね」


不服そうな彼に、私は一言言う。

浩司は明後日の方に顔をそむけた。


「…そういえばお金は?」

「先生から貰ってる、大丈夫だよ」


由紀子はヒラヒラと財布を出していった。

ついたタグには日向小中学校の文字が書かれている。


「…また君か」


皆でバス停でボーっとバスを待っていると、この前の黒猫がサッと現れて、道の反対側から私達のことをじーっと見つめてきた。


「あの猫、知ってるの?」

「この場所の支配猫……ここに来た日に会ったの」

「へぇ……」

「朝、散歩がてらここに来たら、私の横にきてね、ここは僕の場所だーって」


加奈がしゃがんでじっと猫を見返す横で私は抑揚なく言う。


「……ここは私の町だぞー!」


加奈はシャーっと腕を上げながら猫に言う。

私はそれを見て、猫を見る。

すると、2足立ちになって腕をブンブン振り始めた。


「ここは僕の場所だー」


私は黒猫が言いたげなことを言って加奈に襲い掛かる。


「わわ!千尋は猫の味方かー!」

「何やってるのさ……」


加奈は驚いた顔をして、由紀子はあきれ顔になる。

浩司と義明の2人は苦笑いしていた。


「シャー」

「なんで猫の味方なのー?」

「朝、ここで一緒に眠ったから」

「変なのー!」


私は一通り加奈をからかうと、何もなかったかのように黒猫に目を向けた。


「それでも無表情なのがねー」

「僕はうまく笑えないから」


立ち上がった加奈は中腰になったままの私の肩に肘をおいて言う。

私はすまし顔で返した。


「あ、僕って言ったー」

「たまに出るの」


黒猫が茂みの中に入っていくのを見届ける頃、バスが丁度やってくる。

私はさっきまでのふざけた調子をピタリとやめ、パスに乗り込むと窓を開けて窓枠に頬杖をついた。

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