双子の魔女のお気に入り【後編】
「レイラっ、もう離せ!!」
強めに言うと、少し力が弱まった……、その隙を見逃さず、俺はレイラから距離を取る。
二人が動けばすぐに俺も動けるように、腰を落としながら、取った距離感を詰めさせない。
「――なんでっ、俺なんだ!!」
「シューイチ?」
似てない二人だが、並んでみるとやはり似ている……、見た目ではなく、『その存在感』が、やはり双子なのだと分からせてくる。
瞳だけは瓜二つだった。
「別の誰かでもいいだろ、俺より格好良い奴だって、優しい奴だって、素直な奴だって、探せばいるんだ――なのに、どうして俺を選ぶっ。お前たちのお願いを何度も拒否し続けている俺に、執着する理由なんてねえだろうがッッ!」
そうだ、素材ならいくらでもいる……学校とは、素材の宝庫じゃないか。
俺じゃないといけない理由は、もしかしたらあるのだろう。でも、だとしても第二候補はいるはずなのだ。
だって俺を説得するよりも、別の誰かで代用した方が早い……、確かに劣る部分はあれど、しかし目的に近づく行動を取ることが、最善の行動なのだ。
俺に構っている時間なんて勿体ないのだから――、ライラはともかく、レイラならそう判断するはず、なのに……。
グリモエル姉妹は、俺を逃がしてはくれなかった。
「シューイチ、やっぱりなんか勘違いしてる」
「は、なにが、」
「シューイチだから、話しかけてるのに」
「いや、だから、色々と俺の髪の毛とか、唾液とか、取ったじゃないか……っ。魔女だから、そういう儀式に使うんじゃないのか? 俺から素材という名目で、あらゆる方便を使って、ようするに『寿命を奪って』いっているんじゃないのか……? 何重にもカモフラージュして、不都合なことは誤魔化す契約みたいに!!」
「なんですかそれ、シューイチは魔女に偏見を持ち過ぎです。まあ、それを見越して、わたしたちも利用して口実にはしていましたけど……。髪の毛や唾液はもちろん、貰いましたけど、たとえば感情やら視界やら、直接貰えるものではないですよね? わたしたちは便宜上、『受け取った』、とは言いましたけど、わたしたちはなにも受け取ってはいませんから――」
…………ちょっと待て。
なにも受け取っていない? 髪の毛や、唾液は、受け取ったところを見ているから、それは確かに受け取ったのだろう。受け取って、すぐに捨てたのかもしれないし……、保管、しているのかもしれない。だったらすぐに捨てろと言いたいが。
じゃあ、二人は、俺から色々と受け取っていたものの(フリも含め)、それに意味はなかった、のか……?
必要ではなかった。儀式をしているわけでもなく……、キメラでも作っているのかと思っていたけど、そうでもない……?
「偏見だよ、魔女が釜でキメラを作ってるって……何百年前の話なんだか」
「釜で、とは思ってないけど…………じゃあ、昔はしてたんだ?」
「昔話だけど。それも作ったお話だし、イメージだよ、イメージ。実際の魔女は釜なんて使わないよ。お湯を張って、お風呂にでも入るのかな?」
ドラム缶風呂じゃないんだから。
となると、どうして二人は俺に色々と、あれくれ、これくれ、とお願いをしてきたのか――口実? と、言っていたな? 話しかけるための、理由……。
え、なんで俺に話しかけて――話しかける必要があったんだ?
「シューイチ、分かりませんか?」
「分からないよ」
「シューイチ、分からないんだ?」
グリモエル姉妹が目を逸らす。
ほんのりと頬が赤いのは、見間違いか?
俺と二人の接点と言えば、クラスも違うから、俺の素材が欲しいという接点しかなくて……――話しかけるには、その話題を出すしかない、から……。
口実……。
この理由じゃないと、俺に話しかけられなかった?
「シューイチは、色々と考えていましたけど……」
「あたしたちは魔女だけど、シューイチが知っている魔女らしいことなんてなにもできなくて、悪巧みだってできないし、儀式の一つだって知らないよ。生まれつき、コウモリみたいな羽と、レイラは天使みたいな翼があるけど、それだけだよ……。あたしたちはごく普通の、女の子だもん――だから」
「一目惚れくらいします」
「惚れた男の子にどう話しかけていいか、分からなかったんだもん」
「……理由が欲しかったんです。魔女という立場を利用すれば、それっぽいことを言って、お話ができますから――」
「話題にも困らないし、距離を詰めることもできたし……だからね、シューイチ」
「難しく考えないでください、あと、自分を卑下しないでください。裏なんてありませんよ、正面から堂々と一目惚れしました。だから仲良くなりたかった、それだけなんですから」
「うん、好きになっちゃったんだから、シューイチは自信を持っていいんだよ?」
「わたしたちに好かれる人なんて、滅多にいないんですから」
俺と向き合ってくれるグリモエル姉妹は、嘘を言っているようには見えなかった。
そこも含めて演技だとすれば、すっかり騙されてしまっているが、ここまでされたら騙されていてもいいかもしれない。
俺のどこに惚れたのか知らないが、『好みだ』、と言われてしまえば、なんにも言えない。
二人は美人だけど、部外者だった頃の俺はなんとも思わなかったし、好意に繋がることはなかった……それと同じで。
初めて見た俺のことが、姉妹二人にとっては、好みのど真ん中だったのだろう……、理由はない。本能に訴えかけてくるような、『好き』だったのだ。
理由なき好意はきっと、理由ある好意よりも強いだろう……、論理では覆せない。
俺ではどうにもできない――その気持ちだけは、絶対に。
「……双子なのに、まったく似てないと思っていたけどさ……そこは一緒なんだな」
『??』
二人は首を傾げた。
細かいところを挙げれば、似ているところはたくさんある。
今、同じタイミングで首を傾げた、とかな。
中でも最も気が合っているのは、一目惚れしたタイミングと、相手である。
趣味嗜好が違う、と判断したのは早計だったな――。
俺という『好みのタイプ』が、一致していた。
ここだけは、似るべきではなかった項目である。
……もちろん、嬉しいけどな。
二人だから、嬉しさも二倍である。
同時に。
こんな告白をされて、現状維持にもできない……だから進展させる必要がある……どっちを?
ここから先は、俺の問題だ。
ライラかレイラか。
姉か妹か。
吸血鬼か天使か……いや、これはあまり関係ないか……。
天真爛漫か冷静沈着か。
双子なんだから二人とも、は、できない……――当たり前だけど。
どっちを選ぶの!? が、呪いのように俺を苦しめてくる……っ。
「まあ、とりあえず……」
二人の本音が知れただけでも、今はよしとするべきか……。
ここで答えを出す必要はない。
逃げ?
いいや、戦略的撤退だ!
「――学校、いこうぜ、二人とも」
好きと言われたら好きになってしまう……、なんとも思っていなかったどころか嫌いに傾いていたそれが、一気に真逆へ振り切ってしまう――。
顔を真っ赤にして告白してくれる二人を見るのは初めてだった……知らない一面だった。
だからこそ。
俺のこれだって、理由はないけど――
正面からの、一目惚れなのでは?
―― 完 ――
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