双子の魔女のお気に入り【前編】

 ライラ・グリモエルとレイラ・グリモエル。

 姉のライラが赤髪ツインテールで、妹のレイラが青髪のロングヘアだ――。

 二人は双子でありながら似ていないところの方が多い。性格も、体格も、趣味嗜好も。


 極めつけは、ライラがコウモリのような羽を持ち、レイラが天使のような翼を持っている。

 普段は見えないそれだが、気持ちが昂ると制服を突き破って飛び出してくる。双子以前に同じ種族なのかも疑わしい。が、少なくとも互いに魔族であることは確定している……、こんな人間がいてたまるか。


「シューイチっ、やっと見つけたっ!」

「げ、ライラ……」


 二人に会わないように(見つからないように)家を出る時間を調整し、校門でもなく裏門からでもない人気のない塀の上から登校したのにもかかわらず、見つかった。

 まるで待ち伏せでもしていたかのように塀の下にいたのは姉の方だった。


「げっ、ってなに!? どうしてあたしを避けるのよぉっ!!」

「だって、血を吸われそうだし……」

「あたしは吸血鬼じゃないやい!!」

「八重歯を見せながら言うことじゃないだろ」


 まあ、見えてしまったのは偶然だろうけど……。

 吸血鬼みたいな奴だが、しかし十字架も日光もニンニクも苦手ではないらしい。どころか、ニンニクに関しては好物だと言っていた。

 手作りのお弁当にニンニクを混ぜていた時は、その日の午後はライラには近づかないようにしていた……、俺だけではなく。


 妹だって近づくことはなかったようだ。

 自分の匂いは気づきにくいとは言え、無自覚に距離を詰めてくるライラにニンニクを食べさせたら、鬼に金棒だ……、最悪に最悪が重なって最悪だった……。


 いつもなら張り合う妹のレイラも、その日ばかりは俺に構ってくることはなかったし……。

 あの匂いは強烈だったな。


「あっ、どうしてそっちに逃げるわけ!?」


「お前がしつこいからだろ。俺のどこがお前の好みなのか知らないが、付きまとわれるだけならまだしも、一人の時間を奪われるのはごめんだ。学校の連中はお前らを美人姉妹と言っているが、俺はお前らの中身まで知ってるんだ……悪いけど付き合ってられねえよ」


 ライラが塀を上ってくるまで時間がある。その間に、別の入口から登校するしかないな――しかし、姉がいれば妹もいるものだと気づくべきだった。


 塀を挟んだ向こう側。

 引き返した側には、妹のレイラがいた。気づいたところで、落下途中の俺にはどうにもできず、着地したと同時に横へ転がって――、シームレスに走り出すしか逃げる術はない。


「人の顔を見て逃げるなんて、酷い人ですね。非道な人です」


 着地と同時、俺が横へ転がるよりも早く、レイラが距離を詰めた。

 絶対に逃がさないようにと、ぎゅっと強く抱きしめられる。

 しかも勢いがついて、俺を塀まで押し、叩きつけるように――。


 前から後ろから、衝撃がくる。

 まあ、前の方は柔らかいそれのおかげでクッションになっているけど……。


「逃がしません」

「……逃げないから、離せ」


「そう言って逃げた回数、百二十二回……、――百二十三回目を許すわけにはいきませんね」


「あーっっ、レイラっ、また勝手にシューイチを抱きしめてるッッ!!」


 ずーるーいっっ、と塀の上で文句を言っている姉の声だけが聞こえてくる。俺の視界はレイラの胸で埋まっており……、実際、埋まってしまっているので左右に顔を動かすこともできない。


 完全にがっちりとホールドされている……。


 抱きしめられたまま、ぐっと引っ張られた。

 レイラにされるがままだ。


「ずるくないです、早い者勝ちですから」

「……姉に譲ろうとか思わないの?」

「だったらお姉ちゃんなんですから、がまんしようとか思わないのですか?」


 俺を挟んで、姉妹が睨み合っている……――思えば、どうして学園一の美人姉妹が俺なんかのことを取り合っているのか……。

 外野の連中に聞きたいぜ、これがモテていると思っているなら、想像力が足りないな。特別、顔が整っているわけでもない俺(まあ、ブサイクってわけでもないだろう、うちの両親の血を考えれば、見るに堪えないレベルではないはずだ……)が、まさか見た目や中身で二人に必要とされているわけもないだろう……もう一度言うが、グリモエル姉妹は魔族である。


 同時に、魔女でもあった――。



「シューイチの唾液が欲しいの」

「シューイチ、あなたの髪の毛をくれない?」

「シューイチ、次は声を」

「シューイチの視界が必要なの」

「シューイチ、何度もごめんね、悲しいって気持ちが必要で……」

「シューイチ、時間を分けて」


「シューイチ」

「シューイチ」


『シューイチの「命」も』



 最初こそ、戸惑ったものの、必要なものを与えていた。

 魔女にとって必要なものなのだろう……、と。ただ、果たしてこれが一体なにに必要なのか、俺には分からないが……、知りたくもない。

 魔女、と言うのだから、大きな釜に入れて棒でぐるぐるとかき混ぜているのだろう――で、それでなにができるのかは想像できないが……。


 序盤は、簡単にあげられるものだった……、まあ、視界や感情と言われた時は恐怖もあったが、俺からなくなるわけではないようで、返事をしただけで、二人は俺の中にあるそれらを取っていった。

 奪われるわけでないのであれば、まあ、提供するくらいはいいかと思っていたが……しかし、次にお願いされた、命となると話は別だ。


 これまでの傾向から、奪われるわけではないのだから、取られることはない、とは思うけど、それでもやはり怖さが勝った。

 ここにきて、魔女に色々と提供していたことに後悔し始めている。

 今、なにも変化がなくとも、今後、影響が出るのではないか――。


 言い方を変えているだけで、俺から色々な要素を削り、オブラートに包んで包んで、つまり『寿命』を奪っていっているのではないか――なんて。


 思ってしまえば、はっきりと答えが出ていない以上は、二つ返事で渡すことはできない。

 俺の意見なんて関係なく取れるなら最初からやっているだろうし、だから俺が「いいよ」と言わなければ取られることはないのだろう……。

 俺に好意を寄せているように、毎日毎日懐いてくる二人は、ようするに俺の寿命に相当する『なにか』を欲しがっているのだ。

 正体が魔女だと言われたら、説得力があり過ぎる。


 だって魔女って、寿命を欲しがるだろう?(偏見というか、なにかの作品を見て影響を受けているだけもしれないけど)


 吸血鬼と天使の見た目をしているところもまた、『奪う』ことに関しては説得力がある。

 血なのか命なのか、違いはあるけど、どちらも奪う、もしくはいざなうイメージが強い……。


 二人の誘いに迂闊に乗ってしまうと、今はともかく、未来の俺が困ることになりそうだ……。

 だからここで、二人との縁を切るのが良い――。


 誰か、俺と似た人身御供を提供すれば、俺を見逃してくれるか?

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