放課後20分

さくさくサンバ

放課後20分

 放課後の。

 まぁつまりホームルームが終わってすぐだ。

「じゃね! またあしたー」

「うんまたー」

 部活やら帰るやら、図書だのなんだのと委員会という人もいるらしいが。とりあえずなんやかんやと用事があるなりないならないでそれこそ教室にこそ用がないわけだから、五分と待たずに無人の机が整然と並ぶばかりの随分と静かな空間が出来上がる。

「よい、しょっとぉ」

 出来上がる。一か月前まではそうだった。

「二人きりだね」

 俺の前の席も当然に空いたのだが、当然とばかりに本来の主人でない人物が腰を下ろす。本来の向きとは逆向きでだ。加えて五回目の台詞もんく

「そうだな」

 これも五回目。


 気紛れなのだろう。

 俺が一年と少し続けていたバイトまでの暇潰しを、たまたま見付けた暇人が一人いた。

 部活に向かうはずの友人と手を振り明日を約束して今は我が物顔で俺の友人の座席を占拠している。

 今年の春からクラスメイトになった女子で、紺野さん。下の名前は忘れた。自己紹介ってそんなもん。

「柊は」

 それだけ言って黙ってしまった紺野さんだが、植物の柊の方じゃない、同じクラスの男子である柊一途いっとの何かしらを口にしようとしたのだと思う。たぶん。

 なぜ柊くんの話題なのかと言うと至極単純で俺が柊くんの絵を描いているからだろう。紺野さんの目線が物語ってもいるしこちらはたぶんよりは確信に近い。

 ひとつき程、こんな具合なのだった。

 俺の趣味と特技と暇潰しの兼任を紺野さんが発見して以来、こんな具合に俺が適当な絵を描いているのを紺野さんが見下ろして感想やら連想やら好き勝手に話し出す。

「柊はいい奴だよねー」

「そうだな」

 異論ない。俺だって好感のない野郎を描くほど偏向していないからな。少なくとも悪く思っていない男子を描く。女子はまぁ都度色々。

 それと、だからつまり場面だって同じことだというわけ。

「あとあのあれ、あれなんなんかねー。くそ度胸」

「くそとか言うなよ女の子」

「わ。……差別だ!」

「男でも言わない方がいいよねうん」

 くそどうでもいい突っ込みを流しつつ紺野さんに曰く『くそ度胸』の場面シーンを仕上げる。

 まぁ趣味と特技と暇潰しだからな、ささっと20分でそれっぽく描くだけだ。鉛筆の先が最後の線を引いて、終わり。


 白と黒で簡素に描かれたのは今日の日中の一幕。

 びっくり仰天。開け放した窓から不法侵入した蜂を柊くんが颯爽と上着で包み捕ったのだ。いやほんとびっくりしたよね。びっくり。びびったとかじゃなくて。びっくりね。あくまでびっくり。

「あん時……巻田さぁ」

 巻田ってのは俺の苗字ではある。紺野さんが口元に当てた手の向こう側でくそほどにやついてる理由は知らんけど。

 ちょう関係ないんだけど、ちなみにいま微妙に右尻痛い。なぜかは知らんけど。

「さてと帰るか」

「いってらー」

 いや戻っては来ないけどね。教室にも紺野さんのところにも。このままバイトに行って汗水垂らしたら我が家に帰るだけだ。

 席立って鞄を取って、一歩踏み出す瞬間に声が掛かる。

「また明日ね」

 いよいよ俺の机まで侵食した紺野さんがこちらを見上げている。

「あぁまた明日」

 挨拶は大事だ。

 ノートのページは今日も一枚減った。

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放課後20分 さくさくサンバ @jump1ppatu

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