そんなもんさ
にーしか
第1話
『シャブ漬けエルフ』
――そんな画を、目の前の娘が描くなんて、俺は露ほどだって思わなかった。いや、目の前ってのは語弊があるな、なんたって俺の脳内で再現されたのは記憶からでっちあげた彼女だから。俺が画を見たのは、彼女が教えてくれた後で、つまり彼女と会った方が先だった。その時は画をまだ見てないわけだから、何も思うわけがない。
彼女がそんな画をイラスト系SNSになんで投稿したのか、俺は気になった。俺の半分ほどの歳の女――キャバ嬢だ――が、なんで女エルフをヤク中にしたがったのか。俺だって画を描くが、あんな発想は前頭葉の大脳新皮質をひっぺがしたって出てきそうもない。ファンタジーの題材にドラッグが出てこない理由は無い。天才は意外なところにいるもんだ。現代の皮肉をファンタジーの世界で描いたって何らおかしくはない。
彼女はケータイの番号をくれたから、なんなら、電話して訊いたっていい。
「もしもし、僕は六ヶ月前にあの店で君と話をした眼鏡の中年です。そう、“スパロー船長”と飲んだくれた。すぐには思い出せないでしょうが…」こんな感じで、その時の会話の断片を言えば、少しは思い出すかもしれない。仮に思い出さなくたって、なんだっていい。相手はこれも商売の内だ、適当にはなしを合わせてくれるだろう。
「で、訊きたいんだけどね。君の画を見たんですよ。あの主題には驚いた。どうして、あんな画を……」
ここまで考えて俺は止めた。なら、どうして六ヶ月前に電話しなかった? どうしてだろう。きっと画なんか興味なかったからだ。「へぇ~」で終わってた。この後に未曾有の大震災があって、放射能が漏れて、世界が少しばかり変化した。いや、変わったのは俺の方だ。俺のものの見方が変化させられた。
思い出したぞ。あの娘はブログを書いていたっけ。SNSのリンクから行けたんだった。当人は意識しないかもしれないが、ブログを読むと書き手の人となりを掴むヒントになる。(このエッセイがそうであるように、だ)
なんて書いていたかな? 仕事の時間で忙殺されて、画を描くような時間が見つからない。こんな感じだったか。ほう。とすると、シャブ漬けというメタファーは自分の職業のことなのか? 自戒を込めて? ますます訊いてみたいもんだ。
俺と“スパロー船長”はある日、再び、その店を訪れる。――たぶんな。そうしたら、あの娘を指名して訊くのだ。「どうして、あんな画を…」
ところが、あの娘は店を止めてしまっている。理由は同僚の娘達もしらない。あわてて俺はブログやSNSを調べまくる。でも六ヶ月前のことだ。なんやかやを忘れてしまって辿り着けない。彼女は消える、俺の目の前から。そんなもんだ。ケータイの番号? う~む。かけてみるか? たぶん、つながらない。彼女の手書きの番号はハナから間違っていて、ケータイが解約されているかどうかに関係なく、どうせ繋がらない。謎の女がまた一人誕生する。
それからしばらくして、ばったり、俺はあの娘と電車の中で出くわす。ところが、今度は俺の方に問題がある。あの娘――あの晩、暗くて喧しい店内で近視の網膜に写ったはずの彼女を、俺は覚えていない。どんな顔立ちだったか、どんな特徴があったか。覚えているのはその娘の物腰だけ。おなじ態度で接してくれれば、きっと思い出したろう。でも電車の中じゃ無理だ。服も違う。化粧も違う。なにもかもが違う。俺はまるで見えないかのように見過ごしてしまう。以来、これに関係したことがあったってことすら、残りの生涯で思い返しもしない。これっぽっちも。きっと、出会いってのはそんなもんだ。きっと。
そんなもんさ にーしか @Sadoka
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