高伯家御文庫全集補遺
ふひと
一、或る男の遺言
俺はお前が嫌いだった。
その悟ったような目が、恨めしくて堪らなかった。
思えば、お前は一度たりとも俺を見たことが無かったな。口では調子の良いことを言っていても直ぐに分かる。お前は、俺の事など見てはいない。お前はいつも、何か遠くを見つめるような目で――嗚呼、恨めしい。
そのすかしたような振る舞いが、気に入らなくて堪らなかった。
心にも無いことをぺらぺらと取り留めも無く話す様が、苛立たしくて仕方が無かった。お前は軽薄な笑みを浮かべて、その癖わざとらしく遜って――嗚呼、そういうところだ。
お前は、明らかに只人とは違っていた。
それは認めよう。いや、認めざるを得なかった。その才は抜きん出ていた。何人も、お前には及ばなかった。世人が如何にお前を奇人だの気狂いだのと罵ろうと、それは厳然たる事実だった。お前は間違いなく、皇国の頂に立つべき才を備えていた。それに気付いていたのは俺だけだった。
だからこそ気に食わなかった。世人が幾ら俺を崇めても、お前が幾ら薄っぺらい言葉で俺を称えても、只虚しさが募るだけだった。
兄である俺を差し置いて、弟であるお前が――何度そう思ったことだろう。
何故だ。俺はお前よりも頭が切れ、口も上手く、顔も良く、万事において優れていた筈。なのに何故お前には届かない。一体何故お前は何時の間にか俺の前に立っている。
終ぞ俺は、お前を超えられなかった。
今際の際で、お前は俺の申し出を蹴った。帝の位を譲る、皇国においてこれ以上ない誉を、お前はいつものように卑屈な目をして断った。お前は、俺が渡した勝ちすら受け取らなかった。
俺は完膚なきまでに打ち負かされたのだ。
俺は、何故負けたのかも分からないまま死んで往くのか。俺は、お前の後ろで這い蹲ったまま、歴史の陰に消えて逝くのか。俺は、お前が何者かを知らないまま何者でも無くなって終うのか。俺は結局、お前の眼にも入らないまま――
巫山戯るな。
俺は、このまま終わってやる積もりはない。このままでは、俺は死ぬに死ねない。
だから、決めた。
お前が何者かを理解する迄、俺がお前を超える迄、そして、お前が俺を認める迄――俺は何度でも立ちはだかろう。お前がやろうとしている全てを、俺が阻んでやろう。
嗚呼、これはお前に対しての、俺なりの一つの答え。これは死に往く俺がお前に送る、最期の「ぷれぜんと」だ。
心して受け取るが良い、
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